RANPO's和漢診療科

  • 2017.09.17 Sunday
  • 17:43

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そのように、大学病院で、とりつくしまもなく誘導されたところへ、いままでどおりの処方を出すということなので、そのクリニックにとりあえずは行ってみた。

立派な建物で1階は広々とぜいたくなつくりのバースクリニック。案内された二階はうってかわって冷房もなく扇風機がぶんぶん回っていた。電気もついていない狭い廊下の椅子で待っている7人ぐらいのひとたちは、私とおなじようにこの主治医にパワフルに畳み込まれ、ここに来たのだろう。釈然としないふんいきで暗くボー然とすわっていた。

診察が終わってひとり暗い廊下を幽霊のように歩いていったひともいてぎょっとした。呼ばれて襖を開けた。宿直部屋のような狭い和室の畳にかろうじて診察セットがおかれDr.がいたが、必要最小限のことを小さな虫のようにささやくだけ。あのパワフルに説得した大学病院のDrか。まるで江戸川乱歩の世界。面白いが、なにやらあやしげ。そのことがわかったので、ここは終了することに決めた。次回ほかの病院の漢方医に紹介状を書いてもらう。

 

このDr.は、大学病院でその診察の始め、「道が混んでたいへんだったでしょう?混むんですよね!」と患者に思いやることばをかけた。

私は会ったとたん、心身がはたと沈黙した(閉じた)かんじがした。初見で、言葉にならないものを感じ取る断固とした速さ。一瞬。

 

 

 

 

漢方の主治医が替わる

  • 2017.08.30 Wednesday
  • 17:36

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大学病院の漢方は二ヶ月に1回。主治医は慎重かつ正確に処方して、透析が2年延びている。「漢方では患者さんが身体の状態を話してくれないと困る」とおっしゃり、患者の話しをよく聞いた。それによって毎回処方を微調整し、おかげさまで、おもった以上に働けている。

 

その主治医が替わり、新たな主治医は、いきなり処方の全取替え、自分のクリニックへの予約、大学病院は終了となった。初対面の診察で。

いつもともに聴いてくれている夫とともども、なにもいえぬままあれよあれよとそのようになってしまった。

 

どんなことでも、たとえいま納得できなくとも、いちおうそのようにきたのだから、それを受けてみようではないかと夫はいい、私も同意した。禍福転ずることもある。

 

しかし、その新主治医処方の煎じ薬というものを、飲んで、一日で、強い副作用がでてしまった。

翌日、病院に電話して、その旨はなし、以前の処方をもらいに再度行った。

その対応というのが、さすが大学病院、患者はexample「症例」なんだなと痛感した。

 

やれやれで手にした以前の処方の薬を持って帰る道で、以前の主治医とばったり会った。

いっぱい訴えたいことはあったが、夫ともども「ありがとうございました!」とこころから言う。

歩みを止め、しっかり元患者の目を見て、挨拶をかえしすれちがった。

夏の太陽が降り注いでいた。

すべてそうであればとりあえずそれを生きよ。

一瞬の祝福のようであり、私はわすれない。

 

 

 

願望という我侭な代物

  • 2017.08.05 Saturday
  • 22:41

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病院にて。

診察を待っているあいだ前回と変わった症状を書いてくださいと紙と鉛筆をわたされるようになった。順番でよばれて、Dr.は書かれた紙をみて血液検査の数値をみて、講評し、薬の処方、次回予約で終了。効率よくなったが、AI化してきたなあと。

 

 

相手のことが思うようではない、気に入らないということで、はげしいケースで障害事件がおきるが、なぜ気に入らないんだろう?と、あらためて考えてみた。それは、こうあってほしいという願望をうらぎられるからではないか?願望って勝手だよね。私のばあい主治医は少なくとも人間として対応してほしいという願望がある。けっして機械的に処理してほしいとはおもわない。聞いてくれるだけでもいい。しかし医師には医師の事情というものはある。それをかってに願望する自分が現実離れしているのだとおもった。対医師だけではない。この世のファクトに対し、願望無しで素直に受けとめれば、いいんだ。

私たちは良い悪いと教育されてきたし、○×のふだをもって随所判定を下しながら旅をしているようなことをしている。

そうおもったら、なにかがふっとはがれて、かるくなったようではある。

 

本は理想を語るよね

  • 2017.07.02 Sunday
  • 17:33

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ちいさいころから本の世界が優勢だった。そのせいか、

「真善美」がどこかにあって、自分は逢っていないがいつかは…と、なにかとひっぱってきた。

 本は理想をかたりそして信じさすものだ。本気で信じていたもの。そういう人間にとっては、現実の一歩一歩が「そうでない」という音を出していたのもかかわらず、現実のほうがまちがっているなどとおもっていたふしがある。

 

いつまでもそんなことを思っていられないが、真善美の理想の世界はなくとも、むかし…よき時代というもの…が、人類の歴史に存在したことはなかったろうか、と、往生際わるく、モンゴロイドの口承『1万年の旅路』をわくわくしながら読んだものだ。口承は嘘とはおもえない。そのようなとびぬけた才能が出現するのが人類だから。しかし伝承口述するうちに変わってきてしまうのはしかたないことで、つごうよきほうに変わってしまうだろうし、わるいことは捨象されてゆくだろう。したがっていいことしか伝言継承されないということになってしまう。読んでいてその“よさ”が。まあそんなものだろうとはおもったけれど。

 

縄文時代。この時代には「よきもの」がしはいしたにちがいないとおもった。なぜならば6000年(〜10000年)持続したからだ。それだけでも圧倒する。それだけでも“よき時代”ではなかったか?ひとがよきものにふれて伝承されていた時代だったのではなかろうかと。この時代は自然が圧倒的で、自然として人間も共存できた。加曾利貝塚で犬の埋葬(骨)を見て以来、ながいあいだあこがれと興味をむけていた。しらべてゆく内に※、縄文時代は神話が圧倒的な世界であり、神話というものは簡単に言っちゃえばひとの都合だ。エゴが体裁よく形になったものだ。願ったりまとめたり排除したり支配したりするための文脈と儀式。定住にともなうさまざまな問題、個人としてだけではない死、成人や婚姻時の抜歯など、たいへんな世界だったのではないか。優劣上下が無かったわけではなく、持てる者はこの時代にも勝者であったという。

 

ようやく、縄文の熱は冷めはじめ、私の信じたい真善美などというものは、幻想にすぎないことがわかった。わかったことでポンコツの理想探索機はやっとポンコツ人間に落ち着けたような気もする。

 

パンドラの箱とは自分及びひとのありさまであり、人間の作り出した世界だ。

生物が発生したときからの弱肉強食の掟。力の強い者、持てる者、頭の良い者が優勢し支配し食し続け蹂躙しつづけている。そうでないものももっとそうでないものを食べ踏み潰さなければいきてゆけないようになっている。

 

エゴというのはひとの標準装備でありイジメは古くからの器官なのではないのか。パンドラの箱から最後にでてきた希望という名の羽虫も、いまや羽やぶれ青息吐息。この惑星では、生物が発生したと同時の弱肉強食の掟。霞を食っていきてゆかないかぎりこの掟は超えることはできないよ〜ん。これからはAIのせかいらしく、人間はどうなるのだろう?この惑星はどうなるのだろうね?

 

※参考:西田正規著『縄文の生態史観』『人類史のなかの定住革命』

 

知りたいという原動力

  • 2017.06.17 Saturday
  • 17:21

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ここにきておもうのは、「なにかをさがしていた」と、しきりにおもう。

それは、社会と自分にむきあって、「ほんとうとはなに?」というおもいでふみだし、人生の時を使い、「さがしていたなあ」という感慨にあたった。

行動は「知りたい」という原動力でうごき、疲れ知らずだった。弱い身体なりに知る事だってできる。

この世の、人間の、ありさまを知りたかった。

もちろん欲望にささげられたものもあるし、社会にあわせようと頑張った部分もある。

 

現状がーというか自分がーあまりに無残なゆえにか、真善美がどこかにあって私には無く見えていない、それをみたいきいてみたい知りたい、と、そのことに人生の時を費やした。そんな感慨。

 

林の中の…

  • 2017.04.30 Sunday
  • 17:43

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来たかったところだなあ ここは。

一生、樹をながめていきてゆきたいとねがったものだ

 

もう終わりかとおもいましたが…

  • 2017.03.29 Wednesday
  • 16:40

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ながくお休みしました。

なかなか身体のほうがしんどくなって、かくことアップすることからとおざかってしまいました。

これまであれこれと書いてきましたが、ことばにして意識することで、そこを卒業することができたようです。

書く。自分の内面を書くということを中学生の私に教えてくれ、自分も書き、文学全集を買ってくれ、詩人の心を共有財産だと言ってくれた兄のなによりの贈り物だった。

無意識のものをいしきしてゆくことはとてもハードで痛みもともなう。そうであってもやはり意識してゆくことがそこを卒業することにつながるということを身をもって知った。

 

私の深層にまだ無意識に抑圧しているものがあるかもしれないが、うかびあがったものをひとつひとつ意識してゆくしかない。意識すれば、人間はどうしようもなくまちがえるものだということを知り、知ることでそこをおわらせることができる。

OSHOは、過去は幻想だと言う。

書いたものも、幻想にちがいなく。

 

 

 

病気をアイデンティティにしない。

  • 2016.12.17 Saturday
  • 21:46

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不運や不幸をささげもち、おおめにみろ解れとでも?

病気をいいわけにしない。

もう病気をアイデンティティにしないよ。

ごめんね。

思考(マインド)のすがた

  • 2016.12.11 Sunday
  • 21:49

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思考(マインド)のすがた

目覚めたとたん、奔流のようにおしよせる。それは濁流。私が無防備だからやってくるのか。くるしいよ。否定形がおしよせる。これが、思考の姿なのである。そうにちがいない。めざめ、ゆだんなくしていなければ、この濁った奔流に人生をながされおわってしまうのだ。こわいことだ。こんなことで人生を棒に振ってしまうのか?

私は眠りと目覚めのあわいに、とどまって、ただ濁流をみる。

こころにつきささる記憶や感情の断片などの汚物がながれてくる。

これに流されてしまったら、人生もそうなっておわってしまう。

 

それにとどまりたえることをしつづけていると、ようやく流れも弱くなってきた。

かつて私は、こんな濁流に一日中流されていた人生だった。

それはもんだいであり、それをなんとかしなければいけないのだと信じていた。

反対であった。なんとかしようとしても、じらすばかりの未熟さしかもちあわせていない。

しっかりみつめることこそがにんげんにできることであり人間がすることだとおもう。

認識すれば消えるという強力な答えをあたえられた。

そのような方法があることに感謝したい。

放り出されただけの存在じゃない

 

村山 聖さん

  • 2016.12.01 Thursday
  • 19:35

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6年前に、大崎さんの本で、村山聖さんを知り、書いた記事がありました。 

映画化され、話題にのぼっている。

29年で生ききったひと。

その生に、言葉に、どんなに勇気をもらったことか!生かされたことか!

私は、なにも言えない。彼が生前残してくれた黄金の言葉を載せ、かれの生を称えたい。

 

 

早く名人になって将棋を止めたい。

 

 

将棋というゲームは頭の良さを争うゲームではなく、心の強さ、精神力の強さを競うゲームなのです。

 

 

(プロの場合)負けそう、負けるかも、といった感情は戦いのじゃまなのです。この世界は体が弱いとか年齢がどうかとか関係ありません。目の前の一局と全力をつくし負ければ、また次の一局に全力をそそぐ。この病気もそういう所があるように思います。…

               ―「腎炎、ネフローゼを守る会」機関紙への寄稿より

 

何のために生きる。

今の俺は昨日の俺に勝てるか。

勝つも地獄負けるも地獄。

99の悲しみも1つの喜びで忘れられる。

人間の本質はそうなのか?

人間は悲しみ苦しむために生れたのだろうか。

人間は必ず死ぬ。

必ず。

なにもかも一夜の夢。
              ―平成4年に母親が彼のアパートでみつけたメモ、いつ書かれたかは不明。

 

 

今年の目標は?

―土に還る

行ってみたい場所は?

―宇宙以前

 

 

僕、20才になったんです20才になれて嬉しいんです。20才になれるなんておもってもいませんでしたから」。

 


もしも健康のままだったら健全な体を感謝することなく生きていたし、身体障害者の事も遠い異国の人のように感じ、接することなく終わっていたでしょう。

               ―「腎炎、ネフローゼを守る会」機関紙への寄稿より

 

 

…もう何十年も走っていません。もう走ることはないでしょう。しかし力いっぱい走る体験より、もっともっとたくさんの体験をこの病気はくれたように思います。

                          ―同上

 

 

 人間は悲しみ、苦しむために生まれた。

それが人間の宿命であり、幸せだ。

僕は死んでも、

もう一度人間に生まれたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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