自分を承認

  • 2011.03.10 Thursday
  • 23:03

2月 010.jpgヤドリギ

ちょっと話はとびますが、秋葉原の、土浦の通り魔殺傷、またバス襲撃の取手(とりで)の若い人の無差別殺人や、もろもろの犯罪、存在理由のなさゆえの殺人、いったいなぜなのか?
たやすく言ってはいけないのですが、ひとつには、生育過程で承認欲求が得られなかったというのがあるようです。

「無知の涙」の石川死刑囚がそうであったように。

加賀乙彦の力作「宣告」の主人公は、殺人をおかし死刑になるまでのあいだ、深い悔悟と人間性を回復してゆくのですが、自分と母親の関係をみつめて、修復してゆく場面があります。
やはり、何か基本的なものの欠如をいっていたようでした。

 

私たち人間はなんらかの承認を得て、いきてゆく。

だいたいが生育過程で親やその周辺で“そのままでいいんだよ”というような基本的承認を得て、社会にでて仕事などで評価されてゆくものですが、それが無いといつまでもそこにとどまっています。

 

むかし、母の死の悲嘆からはいあがったとき、わたしは、いろいろありながらも愛されていたからこそ、その記憶で生きていけているということをしみじみ思ったときがあって、その記憶すらない、そうでない子たちはどんなに困難だろうと、せめてなけなしのこずかいを「親のない子へ」などと新聞社に送ったことがあった。

とはいえ、得られないものは無いままに、そのまま生きてゆかなければならないのですから、ないまま見切り発車しなければなりません。

 

社会的存在である人間は、人と人の関わりのなかで生きています。

仕事をすることが、ひとつの救い(自己承認の道)なのに、失職してしまえばあまりにもコドクです。

それにつけても失業して、仕事が無いという事態をなんとかしなくてはなりません。

 

人は孤独です。そんななかでせめて承認欲求をみたし、仕事にありついてほしい。

 


しかし、承認がもらえようがもらえまいが、人間は、エックハルト・トールによれば、「不完全感」がつきまとっているという。ほんとうにそうだとおもう。「自信がない」というのもそうだろう。

 

承認欲求であれ、自信であれ、足りないとおもったら、最後は自分が自分を承認する道が残っています。

それは粘りづよく大変な作業ですが、自分がしたものは、人にしてもらった承認よりも強固です。
じぶんで自分を承認してやること。肯定すること。

 

人に植え付けてもらった自信は、またひとによって喪失する可能性もある。

私は外部からのささやかな承認(肯定)を求めてきたが、思ったように得られず、とにかく「自分で自分を肯定する」ときめて、実行した。

なぜなら、その土台がなんとしても必要だったし、土台の上でそこを卒業してつぎにすすみたかった。

そのころはもっぱら図書館の本をテキストにし、書き、てさぐりしながら、こつこつと十数年かかったが、たしかにしたといえる。このときの本は心理学関係がおおかったな。あまりに没頭していたので、友人はアドラー心理学をやさしく書いた本を買ってくれた。

 

それでわかったことは、「自信」は、みずから流した血と汗の分、くらった恥の分、芽吹いて繁ってゆくものだということだった。

 

ぼろをつぎはぎしたような、まがりなりの自己肯定はなんとかできたようだった。

土台はできて、そこからがまた、“えんやらや”と道はつづくのでした。




 


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天才

  • 2008.08.04 Monday
  • 23:23
koke杉苔


人間にはあらゆる能力があるが、その一つの能力に、卓越し、持続するひとがいる。

先日の将棋名人戦でも羽生永世名人は手が震え、まわりの駒をケチらしていた場面があった。勝ち手がみえるとそうなるという。
かれの超高性能の頭のなかでは、どんなことがおこっているのだろうか!
それほどの身体反応をおこすほどの脳活動など、それこそ常人には想像不可能だ。

NHKのプロフェッショナルという番組で、「プロフェッショナルとは24時間プロであること」と言っていた。こんなことばには凡々の私も背筋がピンとしてしまう。

七冠達成のあと、停滞期をこえて、「直感」という言葉がでてきて、対局時の脳は右脳が活発化しているという(詩人吉増剛三との対話)。ますます本物化してゆくなあという感がしたものだ。

朝日新聞の<天才の育て方>というコーナーで羽生永世名人のおかあさんが、「楽しんでやっていることをやらせてあげたかった」といっています。
モーツァルトも、お父さんが遊びのなかで楽しんで作曲をやらせたということです。

生まれ持った天の配剤+幸運。
天才+努力は幸運を引き寄せる。

イチローにもチチローあり。そして3000安打。
投げて 守って 走って 打って 話せば哲学を爽やかに語り
文句無し。
「カッコイイ」ということばはこのひとのためにあるみたい。(ちなみに私は、野茂が好き)

その才能を生かして行くことはたいへんなことだろうが、やはり究極楽しんでいるだろうということが伝わってくる。

なによりもすごいと思うのは、怪我をしないことだ。持続するということだ。
天才とは超人的な努力をもすることができるひとでもある。

それにしても「天才」は、なにかサイボーグのような感じがどうしてするのだろう?

世に天才は多い。人間の能力は多様にあるからだ。
天の配剤というならみんな、
それぞれのいのちがそれぞれ固有にちがい、
ことさらに賞賛されることはないにしてもそれがなんだ。
それぞれのいのちが、それぞれ天才だ。
と、本気で思っています。


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肯定感…

  • 2008.07.30 Wednesday
  • 22:04
盆栽
お風呂場のちいさな森


買い物をしないといっては自分を責め
買いすぎたと言っては自分を責め

おかずが少ないといっては自分を責め
おかずが多く作りすぎたと言っては自分を責め

掃除をしないといっては自分を責め
掃除をしすぎと言っては自分を責め

じゃあどうすればいいのよ
自分を責めると言っては自分を責めている

ばかだね
なんの因果か
よっぽど自分を責めるのが好きみたいだね
責められ続ける自分がかわいそうになってくる

そこは不毛地帯
なにも生えては来ない

いまでもときおりこんなことをやっていることがある
なぜこんなに自分を責めるのだろう

いつ身に付けたことかわからないが
「向上心」味もしないではないけど
学校の反省会みたいな
こんな自分を幸せにしないこころの方程式は
とっぱらって

理由がなくてもいい
なんでもいいから
してもいい
しなくてもいい
あればすてき
なくてもうれしい
それを感謝


というしあわせの方程式をインストールしようっと




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一つの小さな記事が私を変えたこと

  • 2008.05.04 Sunday
  • 22:04
goya


2004年4月16日の朝日新聞夕刊で、社会学者見田宗介さんによる「私の野口晴哉(はるちか)−絵の中の謎」という記事があった。
それは野口晴哉の「体癖」といって、人間理解の骨組みを形作るのが、体の「勢いの方向性」によるという人間のタイプ論だった。


ゴヤの「裸のマハ」という絵画は、顔と体が一致しないのではないかといわれていた。

野口晴哉は「裸のマハ」は、顔と体はちがうことを「体癖」論にもとづいて看破した。

だいたいが、裸婦の絵というのは、金持ちや権力者の愛人であった。
それを公開するのには、神話の女神にする手があったが、時の総理大臣ゴドイは愛人のぺピータをゴヤに描かせるときにちがう手をつかった。「着衣のマハ」をかかせて「裸のマハ」に重ねて、展示したのだ。紐をひくと「裸のマハ」があらわれる仕掛けになっている。みる人はマハが裸になったと思うが、じつは「裸のマハ」は顔はマハではあるが、首から下はぺピータだった。

野口晴哉によると、ひとには生まれつきの身体があり、それに基づいた「体癖」があり、(いちおう)12種にわけられる。

「「裸のマハ」の顔は「10種」の人、野性的、多産的な大腿部のよく発達した身体の持ち主である(マハ)。「裸のマハ」の体のほうは「1種4種複合」の人、気品あり美しいが弱々しく、男性の保護欲求をそそる顔であったはずである(ペピ−タ)。」(記事による)

体つきが、人間性を決定するとは!

おおざっぱにわけて
   活発な器官、緊張部位 性格特性  行動の基準  体型の特色
1,2種   脳神経系     知性型   真・偽     たて長、直線的
3,4種   消化器系     感情型   好き・嫌い   柔らか、曲線的
5,6種   呼吸器系     行動型   得・損     逆三角スマート
7,8種   循環泌尿器系   闘争型   勝ち・負け    胴太くがっちり
9、10種  生殖器系     直感型   愛・憎     細く締まり、強靭(9種)                              太くふくよか(10種)

「行動の基準」というのがすごい。
人生を支配するではないか。

目からウロコだった。

いくら人格形成にはげんだとて、生まれついた体が性格特性および行動基準をきめる
このような体の人は、このような顔つきをした、このような性格であり、このような行動をする、というわけだ。


かつて、「あなたは運命論者か」といわれることは、努力しない流されるヤツだとみなされ、実存は、人生は選択のくりかえしであるといわれた。

しかし、ここまで生きてきて、「自身がどうあがいても自分は自分、うまれもってのものはどうしようもない」というほうに軍配があがったようだ。
運命を変え、越えることよりも、体癖を知り、特性を生かすことにめをむけたほうがよい。


野口晴哉著「体癖機廖◆岫供廚鯑匹鵑任澆拭
この分け方に、科学的根拠はなかった。統計学のようにおもわれる

いろいろな行動が、体癖によってわけられる
私自身は1,2種と9、10種の混合型。(たとえば1,2種というと、1種2種はだいたい同じだがすこし違う。私自身は1種なのか2種なのか特定はできず。)
しかし、それはベースの自己認識で、それにそのほかの育てられ方や、社会環境等おおくのファクターが影響する。だから、いちがいに、自分はともかく、ひとをきめつけることはいけないと自戒する。

人間として選んだり取り込んだりしている、つまり生きていることが、生まれつきの体から来ているという、この考え方はおもしろい。
ものを買い込んでしまっておく(4種)のも、ひとりが好き(9種)なのも、
うまれついてのからだがそうさせるのだというのだから。

人のベースは、身体できまる。

そうであるならば、たとえば、バイオリンにむいた体のひとが、パワーショベルをえらんでも、うまくはいかないわけだ。まあ、自然に自分にあった方向を選択してゆくものだろうけど。

私はこれを読んで、こういう教育をしてもらえれば、適性を知り、(・・・・・・・おかどちがいな道におおいに迷い込むこともおもしろかったが、・・・・・)いつまでも自分の適職(天命)をもとめて暗中模索し続けて、もはや人生終わりにちかづいてしまう、なんてこともなかったのではないかとおもった。
うまれもっての適性というのが、あるのだ。


この考えかたは、自分の理解にとても、役立った。

人は自分自身を知ることもなかなか難しいが、自分以外のキャラクターを理解することはとても苦手なものだ。それは、相手を理解しようとしても、自分という型の眼鏡をとおしてするしかないからだ。

おもしろいのは、体癖は遺伝するとはかぎらないので、親子、兄弟はまったくちがった体の癖と行動基準をもったりする。

この考え方で、私は異星人のような夫を理解できたし、亡き両親、姉を、兄たち、子供たちを、そして、何年ものあいだわからなかった友人の性格と行動をわかることができた。

体癖分類をこまかくやらなくても、「そう」であることに十分理由があり、「そう」である自分を(無意識ながら)まもり育ててきて、「そう」でしかありえなく、生きているひとを、たんなる自分ひとりの鋳型にはめて、(「幸せになってほしいから」)直そうなどと思ったことなどをおもいだして、恥じ入るばかりだ。


知ることが、理解と肯定につながる。





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「役」について

  • 2008.05.02 Friday
  • 22:31
nasi
梨の花



三船敏郎さんは、文句ナシの役者じゃないだろうか。
面魂、体型、声質、どれをとってみても、役者いがいに考えられない。彼がいてくれて映画が生気づき、匂い、駆動し、かがやき、見るもののこころをわくわくドキドキさせる。

「七人の侍」は七人それぞれの個性を描きわけておもしろかったが、なかでも「菊千代」が一番斬新だった。三船さんがはつらつと土着的野卑さを演じていた。「椿三十郎」での知性、「用心棒」のさみしげな野蛮さが好きだ。「羅生門」の裸姿をみて、このひとは役者に生まれてきたと確信するものがあった。条件がそろってしまった。

しかし、御本人は、映画会社の応募に、「技術」のほうをやりたくて面接をうけた。にもかかわらず「これは俳優だ」とスカウトされたそうだ。本人の当初の意思とは関係なく、「役」は先にすすんでゆく。

反面、苦節何十年でも、できないことはあるし、なれないひとはいる。
どんなひとでも「役」はきまっているのではないか?

「苦節」ですよ、苦節。まだ生きてますか?このことば・・・・・。
私が教育を受けたころは戦後民主主義で、『「努力」さえ惜しまなければ、どんなことでもできる!なんにでもなれる!もしできず、なれないとしたら、それは「努力」が足らなかったのだ』というめちゃくちゃなことがまことしやかに言われ、すりこまれ、それはへんな平等いしきだった。
くそマジメで脳の弱めな私などはすっかりその気になって、努力し、努力しきれずに、自分の不足を責めるという呪縛からなかなかのがれられなかった。
「努力」してなしとげて評価されてこそナンボの人間だ、とおもいこんで。
達成主義ですね。

そんな、がんばっても、なれないものにはなれないよ。
ひとはなるべくしてそのものとなる。

役者になりたくて結局なれなかったひとは、「役者になりたくて結局なれなかった人間」という役周りだったのだ。それはそれで素敵だが、やはり適材適所がのぞましい。

私も、ほかならぬこのシケタ私が私の役であるが、それは決まっていたのか、神様がお決めになったのだろうか、あるいはまったくの偶然なのか?わからない。
わからないが、こうとしかなれなかった。

ひとそれぞれ役がある。人類に貢献するかがやかしい役があり、ひとを傷つけるひどい役もある。めだつ役もあるし地味な役がある。それはひとそれぞれだ。

この世は相対世界だから、だれもがかがやかしい役ではありえない。闇があるから光がある。

私はたまに、この世というものを、人間という有機体としてみてみることがある。人間それぞれは、有機体の細胞のひとつひとつと考えれば、脳の前頭葉を構成する細胞の役もあれば、いずれ剥がれ落ちる瘡蓋になる細胞もある。ひとつの細胞がすべての細胞のために働き、この役があの役を引き立てる。総ての細胞が、すべての役がひつようなのだ。

そう考えると、なんの役になるかはうまれもっての運しだい。

最近は、それぞれの「役」のちがいを認め、生かして行く方向に流れていて、人類はゆっくりだが進化しているとおもわれる。







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感動が運命をスライドさせることも

  • 2008.03.02 Sunday
  • 22:42
kumo


高校のときに『愛と死をみつめて』という本がはやり、私も読んだ。

なによりも大島みち子さんの過酷な生にこころをうごかされた。なんとむごいことだろう。美しい頬と眼球をえぐられ、あげく若いいのちをうしなってしまった。

若いころ、「死ななければならない。」という状況を想像したことはあるだろうか?私は「狂うだろう」と思った。大島みち子さんは果敢にも「狂」ににげることはしないで、自分を見失うことなく、愛と死をみつめて生きた。自分の短い命を知り、病床のひとたちの面倒をみた。ひたむきにいきるしかないそのいのちを、河野実さんは誠実にうけとめた。
世間は「純愛」などともてはやしたが、そこには、心を育み、文章を綴ることができる「知性」があり、迷ったり、嘆いたり、愚痴ったりするなかで成長してゆく「強さ」があった。

ジモトの日活の映画館にその映画が来たというので、ハンカチをにぎりしめ、ひとりで観に行ったことがあった。吉永小百合と浜田光男が清純な恋を演じていた。

知りたい女

  • 2008.02.15 Friday
  • 17:10
jizou


アルバイトと放浪をくりかえしていたしょーもない19才に,友人がさる事務所の電話番の仕事を持ってきてくれた。電話番とはいえ、アソビのほう重視のきらくな(当時の)アルバイトとはちがい時間というものをしっかりとられることとともに、自分というものをだしてはいけないということを学んだ。なにか仕事以外に聞かれて、誰も私の意見などきいてはおらず、「そうですね」と「そうですか」以外、自分の意見など言ってはいけないことをはじめて知った。もっとも自分というものが、社会に通用するとは思わなかったし。なんだか卑屈だなあ。ますます背中が曲がりそうだよ。

そこで私は自分の持ち時間を、「食うために働く時間」と「自分の時間」ときっぱりとわけた。そうしたらがぜんやるきになった。「自分の時間」でうんと傲慢かましたるで。というわけ。

さて、私はその黄金の「自分の時間」はなにで満たしたか?
何者かになるための訓練に費やされたか?
楽しく生きるために費やされたか?
女の子らしくお肌のケア、ファッション?
いーーえ。そうではありませーん。

私は、ただただ知りたかった。ガキのように知りたかった。
自分はなぜ暗いのか?なぜ母は死んだのか?なぜ父は重いのか?なぜ毎日満員電車に乗って仕事に行き帰ってくるのか?私とはなのか?男とは、女とは?人間とはなにか?人間はどこから来てどこに行くのか?人間のつくるこの社会とはなにか?地球の漂う宇宙とはなにか?なぜなぜ小僧。

知る方法として、まず私は本で知ろうと。ま、それしか方法をもっていなかった。
勤め帰りに神田駿河台の本屋に入るのがなによりの快楽だった。本棚をぐるりとみまわして、ここに世界が整然と凝縮し、かつ氾濫していることに感動し、世界の豊穣にずるると舌なめずりし、これを読むのに人生は短いと嘆いたものだ。

そのまま、本にのめりこみ耽溺し、小学校からの親友サトに「アタマだけでいきてないか?」といわれ、二度と会ってはくれなかった。それほどひどかった。



■身のほど知らず

  • 2007.09.30 Sunday
  • 07:54
ヌスビトハギ
          カラスウリの葉とヌスビトハギ


■元気な人は、無理をしない。
昨日も今日も明日も明後日も元気だからだ。
元気でない人が無理をする。

■元気でない人はきのうもおとといもグータラ寝ていたので、きょうは取り返そうとがんばっちゃうし、
あすはだめかもしれないのできょうやらねばと無理をする。
無理をしなければ、なにものも得られないとおもう。
疲れること、たおれること、寝込むこと、もっと言えば死すら覚悟してやらなければ、人生という泉からなにも飲めないと思っている。
元気でない人は、そんなことでずいぶん無鉄砲なことをしてきた。
・・・・・・したし、・・・・・・していたし、喘息をおこしながら山にも登っていた。近々では開墾の助手を面白がってやっていた。一発屋です。

■無茶というものは、そのままで一種の快楽であり、思い出としても第一級品だ。やってよかった。
しかし、病弱お転婆ーバ(妖怪)も寄る年波で、そろそろ身の程を知ったほうがよいのでは。
こっちのほうが不治の病かも。




ドジ子

  • 2007.09.23 Sunday
  • 14:58
ツリフネソウ
          ツリフネソウ



小さいとき、なにが楽しかっただろう?

父母といく不二家のパフェ
姉がお勤め帰りに買ってくるケーキ
父が祝言でぶらさげて帰る折り詰め(のなかのヨーカン)
・・・・・・あまい食い物ばっか

それから、
母が買い物を頼んでくれること
・・・これはうれしかった。

ある夏のこと、ひとりで氷を買いに行ったことがあった。
冷蔵庫のない夏は氷がなによりのご馳走だった。たらいに入れてカチ割りにしたり。
兄たちがよく買いに行っていたが、たまたまいなかったので、私が立候補した。
父と母は意見がわかれたが、私は強情に、網の手提げを持ってとびだした。
小学生のあしで往復約一時間のみちのり。往きは手提げをぶんまわして鼻歌をうたって行ったが、帰りはとんでもなかった。一貫(約4キロ)の氷は手に食い込み、右手に持ち左手に持ち替え、両手でもったりして。氷は融け始め、ぽたぽたとあしもとを濡らした。
母の「だいじょうぶかい?」という言葉ひとつをこころにくりかえして。

「両親は*子には教育というものを放棄してたね」
兄が言ったように、末っ子の私は放任というか、かまわれなかった。

かまわれない子は、振り向いてもらいたくて、頑張る。カンペキを目指す。
実際、通信簿がよくなるとよろこんでもらえるので、勉強しちゃう。
あまりに永きに渡って努力していると、「自分はカンペキに近い」といつのまにか勘違いしてしまう。努力目標が表皮に張り付いてしまう。

勤めた事務所で、ボスの茶碗を割ってしまったことがあった。
ボスは「まったくそんなことをやりそうもないのに!」と笑った。

「まったくそんなことをやりそうもない(カンペキな)私」を演じていたのだ。
美濃焼きの茶碗とともにめでたくその虚像は壊れ、それ以後、私は「ドジ子」と呼ばれたが、自分自身の幻像を壊すのはまだまだ先の話になる。




ポンコツ

  • 2007.09.17 Monday
  • 18:17
ヤブミョウガ
ヤブミョウガ


小学校の遠足である。お菓子は100円以内でしっかりセレクトしたし。あす着て行く服も畳んで、リュックを枕元において床に着くがわくわくなかなか眠れない、・・・・

ところが、遠足の朝、目を覚まして襲ってくる感情は「あー、行くの、いやだなあ・・・」
いったいこれはなんなんだっ!
わくわくは菓子だけかっ!

あるひとに言ったら、
「それは身体がわるかったんでしょう」と一言。

なるほど。

つまり、私の、社会に参加し(たく)ない、就いてみたい職業もなし、ただ隠遁好きな性向は、
「身体がわるかったんでしょう」
そんなところかもしれない

たしかに、ばくぜんと、40ぐらいまでだろーな、と思っていたし。

そんなポンコツでよくぞここまで。
上等です。





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