太郎さん

  • 2014.11.04 Tuesday
  • 21:07
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先日、NHKBSの再放送で、岡本太郎を見た。
1970年大阪万博、「太陽の塔」説明会での映像があり、「…人間は…単細胞に還元して、いのちそのものとなって…云々」といって、論をとじた太郎さんは、座って爪を噛んだ。なみいる面々は、なにをいってんだか、といったかんじで、まったく相手にもしていないといった態度だったが、「単細胞に還元」とか、「瞬間に生きている」とか、ここにきてみると、あんな発展発展の時期にわかっていたとは!すごいひとではないか。
 
太郎さんは、気になる人だ。
単純かつ複雑怪奇、弱く強く、ほんとうに興味深い人だ。
 
岡本太郎美術館は川崎市にあり、とても交通の便がよくないので、来るんなら来てみろといっているようで、かえって太郎さんっぽくていいやとも思った。
これは太郎さんの作品を寄贈されて、川崎市がたてたものだ。
開館時には太郎さんは亡くなっていて、内容は、<傷ましき腕>をはじめ、やはり不快感に圧倒された。原色とつるつるの触感がなんとも不愉快極まりない。
このように形象化する表現を選んだ太郎さんということだ。この世界は醜悪だといっているのだろうか。
ひとつの正の世界を高らかに力強く堂々と歌い上げ、そうでないものを無視する。
私のような卑小な者・凡庸な者が入り込む隙間すらないという感覚がさいなんだ。
ほっとしたのは、館の隅のちいさなTVに、晩年近い太郎さんの話している映像がだらだらながされていて、とても気が弱そうな人だという印象を受けた。「ね、…ね、」という語尾は、やさしさのようでもあるが、なにかひとつひとつ念を押し、「解らなけりゃ解らないでいいぞ!」とはいっておらず、承認を求めているのが意外だった。評価なんかクソ喰らえ!とやってきて、超有名になりエラクなってしまった。評価されることを拒むひとではない。
反転したところから、きわめて正統な炎をふきだして、嫌われることもふくめて有名人になった。
表現者、とくに絵画や造形は、その表現自体に評価されることがふくまれている。
表現者として有名人であった父母のひとり子として、搦め手から有名になることを決意したのだろう。たぶんしなければつぶれてしまう境遇だとおもう。
 
彼は、太陽フレアのごとく生きた。それはエロティシズムにあふれ、男として魅力的極まりないし、それを助長する伴侶も得た。死後の太郎再評価は彼女の仕事だったが、あのように実も蓋も無く褒めちぎられてはむしろ逆効果だった、すくなくとも私には。
月のごときエロティシズムもある。
 
最近、赤坂憲雄の『岡本太郎がみた日本』を読んで、太郎さんの目の強くまっとうなことにあらためて感動した。彼の探究心には知のエロスというものが吹き出ている。
日本人の源流をさがしもとめ、感動し吼えている。
岡本太郎は、ソルボンヌ大学で民俗学を学び、自己の源流、ひいては日本の源流―縄文時代から発する血を自分に感じとったのだとおもう。そういえば、かれの一連の絵画は、太古の呪術の炎にあふれている。
 
晩年パーキンソン病になった。この病気は思うように体がうごかせないとどうじに勝手に動いてしまう神経の病気だ。瀬木慎一というひとが、晩年会いに行ったときに、「くやしそうに、こうして!こうして!腕をふっていた、ほんとにくやしかったんでしょうね」といっていた。
太郎さんの表現とは、体が元気で動いてこその表現であり、その体が動かなくなっての表現というものを、私は見たかった!太郎さんの対極主義をどう生きるのか?みたかった。
体が思うようにうごかなくなってからだった、と、思う。
しかしやはりそのひとの使命があり、太郎さんは、「岡本太郎」というアイデンティティを創造し、プラス極で炎上させ、まっとうした。
 
TVをみていたわが伴侶が、呼ぶので、みてみると、アーミッシュといい、それは自然としての人間を生きているひとたちだった。電気なし車なしの質素な生活を旨とし、食べるものはじめなんでも手づくり、家の中はピカピカに磨かれていて、とてもシンパシイをかんじてしまった。宗教であり戒律があり、私にはとても不得意科目ではあるが。
フレアのように燃えなくていい、質素な生活のさ中に宇宙がある。宇宙の片隅で、こつこつと日々することをして生きる、そんなリアリストでありたい。余生でありたい。
 

鬼剣舞と鹿踊り――「赤・黒・白」の幻想

  • 2014.10.16 Thursday
  • 17:00
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宮沢賢治の詩の中で、<原体剣舞連(はらたいけんばいれん)>という、連詩がある。
 dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah 
…と続く音韻は、なんだろう?不思議な音だとおもっていた。意味はわからず。
最近、赤坂憲雄を読み、剣舞や鹿踊りに言及されてあったので、あらためて動画を見てみた。
原体剣舞連は、鬼剣舞に似ていたが、原体村で12歳までの子どもによって演じられる。
すり足の室内舞―歌舞伎や能などのいわゆる日本文化とちがって、本来、野でおこなわれる両剣舞は、白足袋にわらじで大地を飛び、ふみしめ、力強く美しい!
また似ているものに、鹿踊りがあってそれら美しさに圧倒された。
 
それについてしらべてゆくうちに、鬼剣舞は、修験者(山伏)が、新年や行事ごとに、たのまれれば、里に降りてきて、厄払いのいみで大地を踏みしめながら踊った、そうだ。
鹿踊りは、「殺しちゃってごめんね、食べちゃってわるかった、でももっとほしい」―という趣旨の舞だそうだ。鹿踊りに特徴的なあの「ささら」と、よばれる頭の上の白い、とんでもなく長い角のようなものは、御幣の意味だそうだが、鹿のしぐさがまねられていて、ユーモラスで、ほんとうに美しい!
鹿も人間も一体なのだ。自然の中でいかされている喜びや、生きるための残酷をわびる舞踏。
これらの伝承こそを文化と私はおもい、できることなら、本物を野原で見てみたい。
 
https://www.youtube.com/watch?v=tfSMYdZF3J8 
みちのくまつり(
1978年)
 「二子鬼剣舞」 
 3:30くらいに、「原体念仏剣舞連」

 
https://www.youtube.com/watch?v=MCkEPjTBdjY
「石関鹿踊り」(2009年)
 
https://www.youtube.com/watch?v=vqTF0ZjlcNQ
「岩崎鬼剣舞」
 
 

縄文時代

  • 2014.10.02 Thursday
  • 22:07
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縄文
縄文を意識したのは、岡本太郎からだった。ちょうどそのころ、青森県で三内丸山遺跡が発掘されて、佐倉の国立歴史民族博物館に特別展示があった。のめりこんでいった。
それは、私自身が縄文の血にシンパシイを感じるとともに、理知系(弥生系)の家庭に異邦人のように、あるいは野獣のようにはじき、はじかれていた父の、その内面にも同じような血を感じたからというのもあるだろう。
 
歴博や行けるかぎりの遺跡は行って見たが、やはり病身としては書物にたよるしかない。
まずは「ゴミ捨て場から多量に発掘された土偶は、ほとんどがわざと欠損させてあったが、なにゆえゴミ捨て場に、しかも欠いて捨てられたか?」という疑問。
縄文の権威というひとの本を読んで、土偶はもとより環状列石がなにかも、なにもわからなかった。考古学は断言しないのだということはわかった。

最近、赤坂憲雄の『東北学―忘れられた東北』が面白かった。
蝦夷やアイヌ(と沖縄)は縄文の末裔だとして北海道・沖縄とともに東北には興味があった。
中央権力(大和)にさからってまつろわぬ民といわれた蝦夷は、アイヌとともに縄文人のながれであり、それいがいにも、修験道や、ほろびてゆくものにたいする、親しさと懐かしさがあった。これはとても面白く、同じ著者の『排除の現象学』も読んだ。


また、本文中紹介されていた西田正規『人類史のなかの定住革命』を読んでみると、人類はもともと移動生活をしていて、「食べ物を獲り尽くす・排泄物が溜まる・近隣との軋轢・etc.」などを解決するためにも移動をし、それに不足をかこつことはなかったが、温暖化がはじまり草原が森になるにつれて狩りができなくなった。代替の漁業は大型の漁具などを必要とし、これらを運ぶ事は困難になり。また、動物の肉のかわりに木の実などを大量に必要になり、実のなる木を保護したり植えたり、また貯蔵したりすることがひつようになり、(致し方なく)定住がはじまった。とのこと。

おなじく西田正規氏の『縄文の生態史観』は、正確を期した考古学、繊細に正確に調べられていて推論され、じつに面白かった。なによりも、縄文時代に生きた人間の息が感じられる人間洞察力があり、「神話に生き、神話に滅びた」縄文が検証されていた。血が通った人類学。このような研究者にお会いできてよかった。
 
 
人類には、肌の色や文化を超えて「自分たちは同じ人間だ」と感じるような共通性というものがあるのだと思います。 私たちが人類の本質を考えるときに大切なのは、この共通性を探すことです。

こうした共通性というものは、表面的に見えるものではありません。 だから、見つけるのがたいへん難しいのです。
                                                                                 

http://www.gis.ed.jp/report/100822/subject.html



 
 

モーツァルトという人間(―少々興奮)

  • 2012.08.23 Thursday
  • 23:16
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Mozartについての新しい論考をネットに発見!

Mozartが生き生きとその姿を現す。

こういう一冊の本にもなろう優れた研究がなんのみかえりももとめずにあって、読めるということは、ありがたい。

つい最近まで、出版されなければなかなか出会えなかった。

ものすごく幸せだ。

著者に敬意を表します。

Mozartについての論考は、ヘタに私がいうよりも、それをみていただいたほうがいいと思います。

 

■つねづね、Mozartの奥さん(コンスタンツェ)の肖像画三枚には違和感をおぼえてしかたがなかった。

まあ、絵というものは描く人に似てくるものだが、それを差し引いてもなにか貧しい内容をかんじさせてならなかった。

いやむしろ描く人のよさでもっているような感じさえしたものだ。

肖像画自体、ぜったい良く描くしな。

 

■数年前に、コンスタンツェ78歳の写真というのが新聞に載って、それをみて愕然とした。

これは…なにか、よろしくない精神生活を送ってきた人の末路の顔だと直感して、いやそうはどこにも書かれていないし、いったいこの顔はなんなんだ!?と疑問におもって、切り抜いておいた。(末尾にその写真)

 

■また、なぜ、これこれの手紙がないのか、この返書がないのか、不思議だったし、奥さんの手紙が無いのは、Mozartが手紙を保管する人ではなく散逸してしまったのだろうか?という疑問もあった。(散逸ならばランダムに残る)

 

Mozart貧乏説も、あれだけの稼ぎを賭博で使ったなどという説も証拠は無く、ただなんとなくいわれていたにすぎない。

ドストエフスキーが賭博者だったことは有名だが、Mozartと賭博三昧はなんとも繋がらない。

 

■遺品目録をみても、そのとりとめのなさには違和感があったし、その少なさにはまったく納得できなかった。

 

■それに自筆譜面がどういう経路でどうなったのか、つたわってこない。

 

■なにより死因が推論でしかなく、それなりの有名人だった人の葬儀におくさんが出ない、参列したひとたちも途中で帰った、共同墓地になげこまれ、その場所さえわからないなんて、当時そういう風習だったといわれればそうなのかとおもったが、釈然としなかった。

 

たった200年くらい前の話である、そんなむかしではないのに、その資料も伝も、あまりに杜撰でいったいこれはどうしたものか?と疑問だった。

 

これらの違和感・疑問は、ただ感じただけですが、

この論考は、それらの疑問が、検証され、丁寧に資料を調べられ、Mozartにたいする偏向のない目で書かれ、事実に肉薄してゆく力作です。

 

ここ数年、読むものでクリシュナムルティにあって以来、それ以外にエキサイティングなものはなかなか無かったので、とても興奮した。

 

私のMozartの伝や説に対する長年の感覚の違和感といつまでも解けない疑問が丁寧に解かれた。

そしてなによりMozartの真の姿が立ち上がってきた。

これからまたMozartの手紙を読もう。

音楽も、隅々まで人間Mozartの音として、響くだろう。

藤澤修治様、感謝します。

 


いままでの小林秀雄やアインシュタインのモーツァルト論では、天真爛漫とはいえ、小児のような世間知らずから、どうしてこんな音がでるのか、まったく理解できず、『アマデウス』という映画もその線であまりにひどく描かれていたから、それは定説であったのだろう。

その映画の中で、「どうしてこんな卑猥な男が天の音楽を作り出すのか?」というサリエリの台詞があった。

この論考ではその疑問に答えを与えている。

 

爐っと大天才というものはそのような回路があって天の音を受信して自動筆記するのだろうか?いやいや、そんな神がかったことは馬鹿くさい“とはおもいながらも、どうして?という疑問がつねにあった。

 

論考を読んで、Mozart像が疑問の余地無く納得、さっそく弦楽四重奏を聴く。

どちらかといえばにがてだった弦楽四重奏、五重奏だったが、むしろしみじみとその人間性が、人生が…沁みてきました。

 

そして深夜にBSでやっていた〚フィガロの結婚〛。

ずいぶんいろいろなフィガロをみたが、エクサンプロヴァンス2012に上演されたものは、演出が斬新で配役もすべて感覚的にOK。なによりケルビーノが最高だった!

少年の役だがソプラノが演じるので、なにかエロティックであるし、そのふたつのアリアは、Mozartが人間のエロスというものに対してYESと言って美しい。

〚ドン・ジョバンニ〛のフィナーレ、「悔悟せよ!」「NO!」の繰り返しも、すさまじい。

そのYESもNOもなんとすばらしい歌だろう!

 

苦悩も憧れも、人間存在のすべてがある。

芸術はその人間の内に無いものは、無い。

音楽は人間のそのありのままの肯定。

 

…と書いてきて、やはり音楽は言葉じゃない。

 

先日、歯科へと車を走らせていたら、角をまがったとたんに青々とした田んぼがひろがり、ちいさな丘のかさなりに風がカーブしていた、おだやかな清清としたエネルギーが満ちて動いていて、ふっと一瞬、世界のほうに入って行き一体感とともに、ふしぎな音が、呼吸とともにながれた。

ああ、音とは、歌とは、音楽とはこのような宇宙の呼吸に近いのかもしれない…。

そうおもって、Mozartに(0.001歩ぐらい)近づけたような、そんな感覚があった。

 

 

<死とはモーツァルトが聴けない事>―アインシュタイン。

 

 

Mozartに関心のある方、是非読まれることをお勧めします。

<モーツァルト論を再考する>

http://homepage3.nifty.com/wacnmt/index.html          

 

 

❋❋この記事に関しまして、著者の藤澤修治さんに記事にする旨メールし、お許しいただきました。

近日発売予定のアマゾンキンドルにもご寄稿とのことです。

1.『モーツァルト 波乱と謎の後半生』(評伝)
2.『聖マルクス墓地』「副題:モーツァルトは本当にそこに埋葬されたか?」(推理小説)

 

 c98aeb5438df3e1ccf65c94adfeec7a4.jpgコンスタンツェ・モーツァルト







魂への友情

  • 2010.09.10 Friday
  • 18:30
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本をたくさん読む友人がいた。

彼女は図書館でひと月二・三十冊の本を借りて、全部読んでいるという。

 

さまざまな読み方がある

私は基本的には探求ありきでそこから本をさがし読む。

現実から逃避する読み方もある

かつての私はそうだった。

試験の前の晩、徹夜して分厚い二段組みの「楡家の人々」を読んでしまった。

とても魅力的な文章で、著者の北杜夫さんは、人間を、まるでおもしろい昆虫を

観察するように見る。

それが、どんな人間存在に対しても、あまねく無条件の肯定をしていて、上品な

ユーモアに通じていた。

面白かった!

しかし、試験前であり、それが(夜を徹しての)逃避でなくてなんであろう。


彼女もそうじゃないかなと、漠然とおもったことがあった。

私がブログを書き出して、まずは第一番に読んでほしかったので、パソコンのな

い彼女のために、記事をプリントして持参した。

いちおう読んでくれたみたいだったがノーコメント、次にプリントしたものは受け取

らなかった。

彼女とは生き方やもろもろのディスカッションもしてきたので、とうぜん私の書いた

ものに興味があるはずだとおもっていたんだよね、手前味噌に。

おもしろい展開。というか。

私という人間に興味がない、とな?

 

書いたものを読んでくれるということは、私という人間に向かってくれることでもある。

そのへんは妙にこだわる。

私自身、話を聞き話をしているトキより,文章を書いているトキを偏愛しているので、

現実の友人よりも、読んでくれる人に、深い友情を、感じることが多い。








 

 


居場所の無い人間のよりどころ

  • 2010.04.17 Saturday
  • 22:20

                                                                                         霰

 

感覚的な言葉――ル・クレジオと吉行淳之介

 

ル・クレジオの「調書」を読んだのはだいぶ昔だったが、言葉そのものが息をしている文

章に出会って、うれしかった。

言葉というものが、ただ概念(意味)の伝達だけではない、言葉がなにかを喚起する。

筋らしき筋はない。「海」を、いつもかんじられる文章。

散文的詩のような小説だった。

触覚がよろこぶ感覚的な文章。

私が愛好する文学の形だった。

「モンド」という映画にもなって、とてもういういしい映像で、感覚的に裏切らないものだった。

 

なぜノーベル賞を受け取ったのか。

私などにはわからない。

ある人曰く、賞というものは名誉と金(一時金及び年金)がドッキングだから、魅力的なんだ、と。

ル・クレジオ、そうだったのか。あなたもか。

 

文学とは、もっともそういうものとは遠いものだとおもっていた。

表の世界に居場所のない人間のよりどころだとおもっていた。

そういうわたしがおかしいのかもしれない。

 

名誉と金か。まあ平和賞はいいとしても、文学賞とはなにか。

 

私のようなバカ者にはわからん世界なのだろう。

 

言葉そのものの肌触りといえば、吉行淳之介さんの文学もそうだった。

その文章も余りに感覚的だ。

吉行さんも喘息だった。

私も喘息なので、わかるのだが、皮膚感覚というものが独特で、なにか感じてしまうものがある。

吉行さんもなにか賞をもらっていたし、なんとか院の会員になっていた。

このことは、また後日。





ブランドものの自然

  • 2010.04.15 Thursday
  • 14:41



 

 

私はこんなになる前から、あまり丈夫ではなかったので、旅行というものに情熱をもやさ

なかった。

わずかに元気だったアラ20のころは、喘息を起こしながら、ひとりでさまよったのだが、

それも命がけであった。

「ひとり」「いのちがけ」「気の向くまま」という、旅を極めるベストスリー。

それと、社会に組み込まれない「アウトサイダー」

変わり者の私が、生計をたててゆく「すきま」が、日本列島のどこかにきっとあるはずだ

と、探していたのだ。
(実際は、そんなものはみつからなかった。)

 

それは結果としてみれば、「旅」のだいご味をさんざん味わったので、これ以上の旅はも

うないとおもっている。

 

新聞広告やTVでは旅行番組がさかんにながされているが、私には興味がわかない。

“ささやかなしあわせ”どころではなく、移動だけでもずいぶんな費用がかる。

まあ、費用がかかるなどと言っているうちは、たいしてゆきたくないのだが。

 

前に住んでいたところは、いたるところに杉が植林されていたが、雑木林もちらほらあっ

て、入ったばかりの1980年代は、野生のシメジが採れ、黄ツリフネの花が揺れていたも

のだ。

それが、みるみる開発されて、コンクリートが張られて便利になったが、やはり、さすが

に、どこか自然のまっただなかにゆきたいとおもった。できれば住んでしまえたら…

 

その家のキッチンには、ちいさな光採り窓があいていて、そのすりガラスをとうして、なん

の木の枝かしらないけれども、葉がゆれるのをみるのが、すきだった。いや、救いであっ

たかもしれない。

ときおりそこをピーッとなきながら、ヒヨドリが切り裂くようにとおり抜けた。


遠くにゆかなくても、その眼の前にあるものにすべてがある

どこぞのブランド品の森もいいだろうが、目の前の名も知らぬ葉っぱを、私は見る、聴

く。そして愛する。

 

「千葉(房総半島)なんか行ったってしょうがない」というひともいたが、そのひとはきっ

と、電車に乗って、温泉につ
かって、などという手順をふんで、switchを切り替えて、ブ

ランドの風景を見るのではないだろうか。








見ること・聴くこと (イル・ポスティーノ)

  • 2010.02.08 Monday
  • 22:51



 

 

友が

雲を見ている  

その美しさに身動きできなくなる 

それでも言葉をさがし出し

一編の詩を書く

 

 

昔見た「イル・ポスティーノ」という映画。

マリオという青年は、世事に疎くぼんやりとしていて、親の漁は継がず、郵便配達のアルバイトをしている。

チリからこの島に亡命してきた「偉大な詩人=パブロ・ネルーダ」に、世界中から来るファンレターを届けているうちに、詩をおそわるのです。

それは、人を好きになること。

おかげでマリオの恋も成就し、魂の交流をよろこんでいたのもつかのま、詩人は追放が解けてチリに帰ってゆきます。

マリオは、便りをだすことを周囲に促され、海の音を録音し、チリの詩人に送ります。

待って待って、やっと着いた返信には、置いてきた荷物を送ってくれとしか書いていなかった。

友情をよろこんでいたのはマリオだけで、結局「偉大な詩人」にとっては、ただ郵便配達人という存在だったことがわかります。

 

「彼にとって、俺はなんでもなかったんだ。俺が詩人か?俺は共産党員としてもいい加減だ。」落胆するマリオは、絞り出すようにつぶやきます。

「あなたは詩人よ。でも、うまれてくる子供に、パブリート(詩人の名前)とはつけないわ」と、奥さんが慰めると同時に、おなかの子に詩人の名前をつけるという夫の熱狂には異を唱えます。

「いいんだ。明日、いって荷物を送るよ」

このポスティーノ(郵便配達人)の悲しみの顔を、私はデッサンしたものです。

 

私と重なっているところがあったのです。

なにかひとりで熱狂して、相手の冷静さ、無関心とかいうものに、かってに傷つくといったところが。

 

マリオは、共産党大会で詩を読もうと前にでて、そこに暴動がおきて命をおとしてしまう。

何年かあとに、この島に立ち寄った「詩人」は、郵便配達人がまっすぐ愛した女と、パブリートという名前の男の子に出会うのでした。

 

なんでもない存在なんてことはないよ

 

…言葉はなかったけれど、詩人の体から醸し出されているラストでした。

 

 

この映画の監督は、予定されていた心臓の手術をのばして撮り続け、完成12時間後にこの世を去ったということです。

 

 

この映画で、もっとも感動したのは、無骨な郵便配達人が、詩人に教えられて、星空を見て、詩をつくるシーンでした。

そして、「詩人」に送るために、海の音を聴き、録音する場面でした。

詩人は、詩を書くという以前に、まず、見る・聴くということをおしえてくれたのです。

 

それらが、詩になるか絵になるか音楽になるか、そうしてそれをひとに伝えようとするのでしょう。

 



ひとやすみ

  • 2009.10.11 Sunday
  • 21:14

 


     枯れゆく草のうつくしさにすわる    
 山頭火














すべては灰

  • 2009.10.09 Friday
  • 17:27

                                        ロダン味のクヌギの木



ロダンは、彫塑・彫刻で、新しい表現を試みた。

当時の発表の場であった「サロン」は、貴族が好む奇麗な像が主流で、そこにリアリズムの<鼻の曲がった男>をだしたが不評だった。

<青銅時代>(千葉県立美術館にあり)はあまりにリアルで、それによって認められてゆく。

市からの注文であった「バルザック像」(たぶん国立西洋美術館)は、醜悪にもみえるメタボ男の裸像で、作りなおしを言われ、ガウンを着せたこともあった。

自ら信ずる表現を曲げず、時代がロダンについてきた。確実な評価を得て、フランス国からも注文がくるようになる。

 

詩人のリルケがロダンを書く

 

女弟子カミーユ・クローデルとのはげしい恋愛がつとに有名だが、ロダンはそれによってインスピレーションを授かったという。

けっきょく糟糠の女ローズのところに帰ってゆき、70を過ぎて結婚(入籍)する。

カミーユは精神病院に入れられて、そこで生涯を終える。

 

こんな極めつくした人間が、老境にはいって、「すべては灰だ」と言う。


若い頃は、その意味がわからなかった

なんてつまらないことをいうのだろうと。

 

今の私にはわかる。なんの実績もないゴミのような存在なりにだが。

この地上でのすべては灰

 

このひとことで、私はロダンを信用する。

 


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