「森に住む」なんて

  • 2008.01.24 Thursday
  • 16:31
kumo


私のような不良品は縄文時代に生まれていたら、早々に淘汰されているだろう。
自然はきびしい。自然なながれにしたがっていたならば、もはや斃れて、ただのゴミになっていた。文明のおかげでいきている。縄文時代でなくてよかった。

カマドでご飯を炊いたらおいしいし、薪で風呂を焚けばちがうだろうし、薪ストーブのあたたかさはたしかにちがう。それをするには手間がかかる。自給自足をするひともいる。
うちのヤマでは炊事はIH、電気温水器で、クーラーこそないが「ヤマ暮らしなのにオール電化やーい」などと、友人に茶化される。それにも負けず、文明の恩恵はほどほど享受して生活したい。

そんなであるから、「森に住む」なんて、ホントはいえないよなあ。
私の住んでるとこは、せいぜい林ですし。
でも、そういってみたかった。
森の山小屋に住むことは夢のまたゆめだった。

私がいたところは、ごみごみとさびれた街だった。
古い街道には牛や馬ののこした糞があったものだが、ほどなく道のまんなかをひっきりなしに車が往来していた。
その一本の袋小路にムクの大木があって、のびやかな枝をひろびろとひろげていた。たちこめる排気ガスのなかでも樹はあおあおと繁っていて、その下で私はうまれ、育った。小さいころから私はなにかとこの樹をみあげることがおおかった。人工のものではなく自然のほうに身も心も寄る体質をもっていたように思う。

願いといえばただひとつ、自然にかこまれて生活したかった。
休日にはよく山に登ったが、「ピーク」にも「体力」にも興味は無く、ただ「自然の濃いなかに自分を置きたい」それだけだった。だから、そんななかに住むひとは憧れだった。

谷川岳のふもとの山小屋で働いていたこともある。そこは豪雪地帯で、一階が雪で埋まってしまう。そこでは自然のきびしさも知った。だからだろうか人びとはおだやかさが際立っていた。そこでの数年間で「うつ」はいつのまにか治り、そればかりか、あまりのストレスフリーで、まだ若かった私はここで埋没することはできなかった。東京砂漠から逃れてきたのだが、いまいちど還り、ストレスの坩堝に自分を置いてみようとおもい、せっかくの癒しの場をあとにして性懲りもなく街にくらした。

そんな幾星霜のかさなりに熟成していった言葉、「森に住む」。
憧れの言葉をタイトルに挙げれば、ほんとうみたいで。




  • 2006.10.20 Friday
  • 08:38
木立

家の工事はBさん、奥さん、息子さんですすめられたが、週2日おっさんが教えてもらいながら手伝った。「ご主人の来る日はもう待ち遠しかったです・・・」とBさん。
「・・・そして、ご主人に、勉強させてもらいました」(どんなコトなのか、コワクテ聞かなかったけど)

奥さんはおっさんがなにをしても、コロコロ笑っておもしろがった。
「ほんとにおかしくて!楽しいひとですね。」そ、そーなんですよ。

ウチの息子も仕事の休みにやってきた。この工事現場の雰囲気が気に入ったらしい。
そして、こんなことを言った。
「オトはなんか神様に愛されてるって感じがする。」
このヤマで、おっさんはその最良のものを発揮できるのだろう。

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引越しの準備はすこしづつやっていた。
ヤドカリさんのようにくるりと脱いで、身一つで新居へお引越しというのが理想だよなあ。
多重お荷物の人間は、せめて「捨て」ねばなるまいて。
私たちはモノを所有する目的で持っていない。たとえばコレクションとかお宝とかは無い。
しかし、道具は好きなので、使いそうなのもそうでもなさそうなのもとりあえず、もっていくことにする。
思い出品とヒトからもらった物はなかなか捨てられない、それを一ケースに限定した。

過去の幻影をうつしたものたちを手にしていると、感慨の波が首までやってくる。
・・・さんざんすったもんだしたがさいわいにも生き残ったなあ・・・(離婚もせずにあせあせ

「捨てる」あるいは「持っていく」ということは、どう生きるかということだが、わからないよ、そんなこと、わからないが、ただ、しんしんとふりつもった過去を山にまでひきずりたくなかった。

ヤマでの新しい展開にのこりの生を懸けるのだから。


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年内に、手作りの家が完成した。
ベースキャンプができたのだ。

2005年1月吉日 軽トラックに老犬を載せて、待望の引越し。

ついに念願の<ヤマ暮らし>が始まった。

<ヤマ暮らしがしたくて>五十有余年、ありたきところに立てた。夢がかなった。





空とその下に

  • 2006.10.12 Thursday
  • 08:19
ムラサキシキブ
紫式部

地鎮祭は略式で行った。
朝早く山で竹を4本切り出して、家の四隅に打ち立てる。今朝は特別に地を鎮める神様をお呼びする。神主さんはおりませんが、降り立ってくださいまし。

参列してくださったYさんが「**さんのために良い家をつくってください」と、ビルダーBさんに言った。
はっとした。わが雑駁な耳はついぞこんな美しい言葉を聴いたことはなかったのだ。

工事がはじまった。
基礎工事から始まって、いろいろな業者がいれかわりたちかわりヤマにやってきた。
そのなかでも基礎工事は生コン車がはいれないので手作業でコンクリを練って型枠に流した。その一連の作業を見るともなく見ていたが、やがて目を離せなくなった。三人でしている仕事が美しかったからだ。私はとてもその仕事を叙述する技量はないが、むだのない動きといい、仕事の流れといい、間といい、みるものをひきつけてしまうなにかがあった。
かわすことばは少なく、それでも必要なことを簡潔に厳しく言う。
お休みに、缶コーヒーをお持ちすると、とろけるような笑顔をむけてくださった。

つねづね、「美」は箱(美術館)の中より、空とその下にあると、ひそかに思っている私であるが、まさに空の下、人のあり方と人の仕事のなかに美をみつけたのであった。


山小屋

  • 2006.10.08 Sunday
  • 21:56
玉紫陽花
玉紫陽花


家はいたってシンプルなものをかんがえてはいた。ヤマでの生活ができればいいのだ。自然素材であればうれしい。
それにしても、予定外の私道にかかり、家を建てる資金をおおいに削ってしまった。山小屋といえども、低予算でやってくれるダイクさんはいるのだろうか?

おっちゃんは、そのニオイのするヒトをつかまえては、「*万で家をたててくれるとこないでしょうかね?」と聞く。即答「いないですよ!いたらウチが建ててもらいますよっ」
モデルハウス、ホームセンターも行ったが、狭すぎの別荘タイプだったり、ペレペレのプレハブだったりで妥協もしたくないようなしろものだった。

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9月のある日、幽かな紫色の玉紫陽花が咲くヤマに、藍色のステーションワゴンが上ってきて、ビルダーBさんが降り立った。まずはまわりを見渡し、「いいとこだなあ」とつぶやいておられる。縁があってやってくれそうな大工さんがみつかった。

こちらの希望はおもいっきり『非常識』なものなので、ふつうのルートではやってくれる大工さんは見つからない。しかし不可能とはかんがえてはいなかった。きっといる、きっとできると思っていた。ただそういう出会いはのんびりあせらずにアシを使ってと考え、彼は井戸堀が済んでからやろうと言っていた。その井戸堀の初日(大安)に、Bさんはやってきた。

「ふつうの工務店はやりませんね」木の根に腰掛けてBさんははっきりおっしゃった。
私たちはそれぞれ・・(予算額をはっきり言ったらむにゃむにゃ言って結局帰ってしまうかも)とへんな覚悟をしていた。
Bさんはこちらが提示したべらぼうな低予算にも眉ひとつ動かさず、真摯に話をきいてくれた。「ちょうど暇なんです。」などとも言ってくださった。

「・・・会社に勤めていたのですが、職人の世界に憧れまして、当時はしりのログハウスをやったんです。やりたくない仕事は断ってしまうので、わがままでみんなに苦労をかけました。今やっているのもログですが、施主さんの事情で中断しているのです。これは私にとってもチャンスなんです。・・・」

このなりゆきに、なんだかポカンとしてしまったわたしたち。

「な〜んちゃって・・・できる訳ねーだろ」チャンチャン、かも、なんてハハハ。

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「なんとかできそうです。プランをお送りしますのでご検討ください」と電話があったのは2日後の日曜日だった。
「奥さんと話して、慈善事業だと思ってやってくれるんだよ」。…ジシンないね、オレタチ。

次の日曜日、Bさんは息子さんと来訪、息子さんの初めてつくったという図面を広げる。
「ご希望を言ってください」
「私は寝るところにげじげじ虫がはいってこなければ」
「もちろん!断熱材も入れますよ」
「えーっ」二人ともシロートなところで感動する。「できるんですね。」ホントニじしんナイネ、おれたち。
「はい。できます。」希望どおり自然素材を使うということ。おっさんが休みの週2日手伝って、セルフビルドのかたち。
懸案の家がついに軌道にのっかったのだ。

ひとりのヤマ

  • 2006.10.06 Friday
  • 15:18
釣り船草
ツリフネソウ


「おくさんがヒマな時ペンキをね、塗るといいですよ」
めでたく完成した私道を眺めながらタバコに火をつけて、私道をつくってくれた土木会社の人が言う。
値切ったので、H鋼・土留め板の防腐もなし、素のままだ。
「どのくらいもちますか?」
「いいとこ10年でしょうね」(はっきり)

そうね。いいとこ10年、できれば20年ここですごせればうれしいとのおもいがあった。これからは病もやってくる年齢だし、私はすでに進行中だ。

「それなりにやっていければいいんじゃないか、おまえもおれも。そうおもわないか?」
「そうだね。」
「どっちみち死んじゃうんだし、すきなことをそれなりにやってさ。」
なんか老子とか荘子とかの世界?

土留め板のペンキを塗って土留めの寿命がどれほど延びるのか、とりあえず塗ってみると、鉄部のインデアンレッドの錆止めと木部のケヤキ色の防腐ステインでナカナカいい感じである。ヤマに調和している。

「ヒマなとき」、ひとりでヤマにきてペンキを塗りまくるのを請け負った。

刷毛をふりまわしているとなにやら妙なスポットにはいっていく(塗料のせいか?)。
ふと手を止めて上をみあげる。たかい木の葉群が頭の上でゆれる。
鳥の声がひびく。
異世界にいるような錯覚が起きる。

ポットの野草茶を飲んで、だれもいない下の道にぶらぶら行ってみると、放棄された日曜菜園に釣船草が群生していた。透明なピンクの花を吊るして、しんとして華やいでいた。


『五軒新開』

  • 2006.10.05 Thursday
  • 18:17
鷲?


<ヤマ暮らしがしたくて>・・・さて、道ができ、電気が来たヤマだが、秋の気配とともに、井戸を掘ってくれる会社が決まった。そして、ゴミステーションも決まりました。

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井戸掘りをたのんである鑿井会社が、ちかくの家の井戸を掘っているというので、ふたりで「つぎはよろしく」と挨拶にいった。
そこは房総丘陵が<うららかに起き伏しにけり>をみわたせる絶好のロケーションであった。林の木々はコナラが植林されてあって別荘風の雰囲気だった。三軒がよりそうように建っていた。

すでに入居していた建築家さんにご挨拶。アプローチにはアベリアが植えられて白い花々がこぼれていた。
そのかたの話では、ゴミステーションを頼みに行ったが、余裕はなく、それで役場はここに建築家さんを代表にしてステーションをきめたそうだ。「そちらの五軒は五軒で」というはなしになったそうだ。このへんには『二軒家』とか『五軒新開』というバス停がある。「こんなふうに認めるとこなんだよ」とおっちゃんがいっていたがほんとうにそうなった。
第二のホヤホヤ『五軒(もうじき六軒)新開』バンザイ。

筋肉

  • 2006.08.31 Thursday
  • 08:31
ヒメヒオオギスイセン
姫緋扇水仙(ヒメヒオオギスイセン)


2004年の夏は雨が降らず、40℃になる日もあったり、観測史上連続夏日最長新記録となってことさら暑く、山の陽なたで動いただけでどっと汗が噴出した。

借りていた畑はもう返したので250坪の草取りこそ無かったが、やんぬるかな!もっとベラボーな3Kの仕事が待っていた。わが人生、思ってもみなかった展開とあいなったのであります。

おっちゃんの土留めの手伝いをするにしても、重い木の端を持ったり、「ナニナニ持ってきて」と言われると斜面の上り下りを何回もする。排ガスもなにくそ、草刈機でぶんぶんやるようになってしまった。

セミ時雨の中、週2日山仕事をして、あとの5日はボコ腎君のご機嫌もなにかとわるくて、家で寝ていることがおおかった。体はつねにどこか痛い。働くのも好きだけれど、もとはといえばインドア人間、寝るのも好きだ。ぼーっとなにもしないでいるのも捨てがたい。

うれしいことに、確実に体力はついてきている。痛かった分だけ、ふくらはぎや腕の筋肉は(やや)盛り上がってくるし、(あまり)風邪もひかなくなった。なにより(そこそこ)無理ができることがうれしい。

概念や言葉の意味でいっぱいになっていた病弱アタマ人間に、オットは身体を生きるということを教えてくれた。

ひとりではここまで来れなかった。
超元気者の思いやりのなさで無理にでも連れ出し、たゆみなくやらせてくれた彼に感謝するばかりです。

木陰にあせをぬぐえば、ヒメヒオウギスイセンが爽々とあでやかな橙色の花穂をゆらしている。



虫たちの地球

  • 2006.08.30 Wednesday
  • 08:39
バッタ

電気屋さんに、コードを巻いていた廃材をいただきテーブルにした。斬り株の椅子をセット。
そこでヤマゴハンをたべ、作業の間のイッポンなどしていると目の前をサイケな玉虫が飛んでいく。眼が覚める一瞬。
アタマのうえでは傍若無人のお〜し〜ちゅくちゅくだ。

足元には地蜂が穴を掘っている。
口と前足で団子にした土をつかみ、それを1mほど先におとしていくのだ。
それをせっせとくりかえし、穴の奥に卵を産み付けて判らない様にふたをした。
2,3回旋回してよろよろとどこかにいってしまった。

バッタは自慢の後ろ足で跳んで来てはじっとしたまま動かない。
ぼーっとしている人類である私をじーっとみている。
昆虫君の複眼にはおいらはどのように映るんかい?

ここは虫の世界なんだと思う。
そこになんだか直立のデカイ動物が約2匹歩いたり食ったりしている。
地球は虫の世界で、人類よりも古く、長いご滞在なのかもしれない。

  • 2006.08.29 Tuesday
  • 14:20
ハンショウズルの綿毛
半鐘蔓の綿毛


伐採しているときに蔓にはほとほとまいってしまった。切り倒した木に蔦がからみついて、取れない。チェーンソーででっかいタタミイワシを切るように分割していくしかない。蔦は親木にぐるぐる巻いて、木とともに成長してゆく。

そして蔦はその木のてっぺんに上りきると、水平方向に伸び始めて網のようにまわりの木々を覆い陽をさえぎる。

キミねえ、拠ってたつ木のことかんがえてんの?
ワタシこれがいのちのかたちなのよ。

朴ノ木の白い花

  • 2006.08.28 Monday
  • 15:26
ムラサキニガナ
ムラサキニガナ

Y邸が完成間近で電気をひくことになり、設置申請のいきがかり上、うちにもひくことになった。

ある日、ヤマへ行く町道は伐った木枝が覆い被さって通せんぼ。
たぶんY邸にひく電線がひっかかるので木を伐ったのだ。
どうしよう・・・車をここに止めて歩いて行くか・・・
すると、車の音を聞いたのだろう、「すいませーん」と言う声とともにYさんがおっこちるようにとんできた。

「あ、髪切られたんですか?」
この若いジェントルマンは穴の開いたTシャツだ。
「はい!そういうの(彼の丸坊主頭)がよかったんですが、むしろ暑いと止められました」
私のシャツだってソートーだよ。
「そのとうりです」
とYさんはニコニコしている。

重たい枝を若い力がずいずいひっぱって道を明けてくれた。
その枝に、洗面器ほどのおおきな朴の花が咲いていた。
「わあ!神々しいですね。いただいていいですか?」

それを小屋に置く。舟形の花弁があたたかい白をかさね、おおきな蓮の花のように開いている。その芯は紅をさして、まるで小屋に天然の灯が点ったようだった。
つよい香りが小屋に満ちた。

電気を引くといってもうちは家は建ってないので、この二人でデコボコ作った物置小屋にひくのだ。たかい木が多いので、電柱ではなく地面に這うチューブに電線をしこんだタイプにしてもらった。

私は裏寂れた旧街道沿いで育ち、<電線で区画された空>*は嫌いではないし、電柱と電線を黒く焼き尽くす夕焼けを偏愛するけれど、ここでは電柱や電線は木立と似合わない。

電気屋さんは小屋に蛍光灯をつけてくれた。いまのところ、夜になるまえにわれわれは帰ってしまうので、点ったことはないが、これまたおっさんは「私道ができた時、電気が点いた時、これはオレうれしかったな」と喜んでいる。「あと井戸ができたら三拍子だ!」

*<電線で区画された空>吉本隆明、たぶん【固有時との対話】


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