わがこころのよくてころさぬにはあらず

  • 2016.05.09 Monday
  • 15:48
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わがこころのよくてころさぬにはあらず

また害せじとおもふとも百人千人をころすこともあるべし ――親鸞

 

親鸞が唯円に「『往生できるから、百人千人を殺しなさい』といわれたらおまえはどうする?」と聞いた。唯円は「私は器量が無くて一人だに殺せません」とこたえたところ、親鸞は、「ひとは『往生できる』(仏道の目的)といえば千人でも殺してしまうものだ。また、傷つけないつもりであっても人は百人千人を殺してしまうものだ。こころが善いから殺さないのではない」たまたま殺さないでいるにすぎない。

 

どうして殺人者ができるのだろう?何冊か、犯罪の本を読んだが、なかでも 長谷川博一氏の『殺人者はいかに誕生したか』は、獄中の死刑囚と面会室のプラスチック板ごしに対話して、そのこころに到達しようとした著作だった。

やはり、死にたいが、自分では死ねないので死刑にしてほしいという

幼児期のネグレクト

無価値感

すべてではないが、性的サディズム

けっして鬼や魔物ではない。
本能の壊れた人間は幼少期に与えられなければならないものがあり、それをあたえられなかった。そのかわりに虐待、性的虐待をうけている。

耐えるために脳がシャットダウンまたは変奏をはじめて、やっといきのいびてきたのだろう。

理由はどうあれ、してしまった殺人は、あがなわなければならない。

矯正の困難さ、報復としての死刑。

 

わがこころのよくてころさぬにはあらず

 

「われ思うゆえに我在り」

  • 2016.04.30 Saturday
  • 22:54

山地は<われ思うゆえに我在り>というデカルトを信じていた。
カードでできる借金が限度額までいっていたのだが、ゴト師をやっていたときに、なかなかとれないアガリを自分で補填して親方に払っていたのではないかとの記述があった。それは思考がするプライドのようなニオイがする。
頭でだけ、ものごとを考えるならば、そうなるだろう。「自分という存在はアプリオリには無い」ので、アイデンティティをつくりあげなければならないのだ。これはじつにつらい果てしない仕事だ。生きることはつらい。
生きるとは、頭で考え理解することだけでは決して無いし、思考は不完全でかならず間違える。
そうでないなにか、言葉ではいわくいいがたいもの、あいまいなもの、なにかあたたかいものを、必要な幼児期に与えられなかったのだろう。与えられなかった空隙に、山地が生きるすべとしてひっぱってきたのはデカルトだった。
現実感の無い思考は不完全で自己本位で結局は自滅する。けっきょく考えていないことだ。
われ殺したしと思えば、ゆえにわれ殺す
われ死にたしとおもえば、ゆえに我死す
 
デカルトといえば私もそうだった。その思想の行き着く先は虚無であることを、すでに体得した。

虚無のなかでひときわ強烈な現実であった母と見知っていた姉妹にたいしての強殺。
現実というものに向かって、拳をつきだすという行為は、愛の変形のようだ、とすこしおもった。
控訴を取り下げ、25歳で死刑は執行された。

山地悠紀夫1.png

暴力的存在

  • 2016.04.22 Friday
  • 17:50

山地が母親を撲殺したのは、カッとなって、しみこんでいた父親の暴力モードになった。そこで性的な高揚を知ったという。

後の姉妹強姦刺殺、これは彼に性的サディズムというものがあった。性的な嗜好というものは、いったい人間のどこで決定されるのだろうか?

サディズムに関しては、人間の歴史そのものが、処刑、戦争など他者をころすいきものであることは証明している。戦いが無かったといわれる縄文時代の頭蓋骨は、前歯に抜歯が施されていて、成人式、沢山食えないように、とか、共同体のしるしのようなものではないかとかいう説もあるが、健全な歯を抜く、しきたりの暴力行為でもある。

 

山地の父親は母親に対して暴力をふるっていたそうだから、暴力の快感と、暴力で「表現する」方式を体得し、また、遺伝子的にも息子が性的サディズムに傾く原因はあったのだろう。

彼の性的サディズムは、遺伝子にのってきて、日常的な暴力という環境で養われた。

 

少年院をでるときに引受人はいなかったという。母親を撲殺したというのはあまりにインパクトが強かった。新聞配達店にようやく引き受けられたが、やがて止めて、一人で生きてゆくこともむずかしかしいなか、父親がパチンコやに勤めていたとのことで、ゴト師(=違法)という仕事につく。それも、けっきょくいきづまって、仕事なし、住む所なし、金なし、カード借金500万、もういい。「やりたいことをして死のう」ということに到った。むかしの恋人に似た女を待ち伏せて、すぐに絶命しないように短い刃のナイフをもちいている。続いて帰宅した妹もおなじように強姦惨殺して、小銭を盗み、火をつけた。逃亡もせずにちかくに居たところをつかまった。黙秘し死刑だけをのぞんだ。

彼は父親が拾った木で玩具箱をつくってくれたこと、ハゼ釣りにつれていってくれたことをなつかしみ慕っていた。少年院からでてきたとき仕事仲間の女の子に「おにいちゃん」としたわれていた。恋人にはポシェットを贈ったりしている。愛の破片をなんとか育てられなかったのかと思う。奇跡は起きず行き詰ってしまい、自己の死の前ではひとの痛み=死などは、みえなくなってしまったのかもしれない。――つづく

山地悠紀夫2.png

 



 

暴力の種

  • 2016.04.16 Saturday
  • 11:04
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次に読んだのは、『我思うゆえに我あり 死刑囚・山地悠紀夫の二度の殺人小川善照。

細かに書かれている事実だけをみて、彼はアスペルガーではないと私は思った。一つのことに病的に集中することもなく、人間関係もそれなりにデリケートにやっていた。

 

この本では、むくわれない恋人への思いが、伏線として語られていて、その延長線上に姉妹刺殺事件をおこした…というロマンチックな解釈だった。思慕が別の二人を強姦殺人するというのは、なかなか理解しがたい。

 

それから、数冊の死刑囚にかんする本を読んだ。殺人の理由をみても、「死刑になりたくて」というのが多かった。

山地もひとつは生に行き詰まり、死刑制度を利用して死のうと思い定めたのではないか。

日本だけでも死亡原因に「自殺」は「病死」に次いで多く、いうなれば自己殺人。生きてゆくことはたいへんなことなんだとおもう。生が行き詰まって、いろいろな意味で、自分で死ぬことができない人間が、他人は殺せるということか。他者の痛みまで思い至らないというか、そんなこと考えていられない状況ということか。状況がそうであるなら人も殺せるというのか。


山地は、終始自分には無関心なくせに金をせびっていた母親が、恋人になんども無言電話をかけていたことを知って逆上し、なぐり蹴り、撲殺した。17歳であった。少年院にはいり出てきたが、生き辛さはかわらない。仕事のおわりとともに住む所も金もなくなりもはやこれまでというときがきて、「やりたかったことをやって死のう」と思い定める。

姉を殺し、妹が帰ってきて同様に殺害。

そのように死刑にしてほしい人間もいて、犯罪を助長している。そして報復としての死刑制度がある。罪もない死なないでいい人間を、自分で死ねない人間が死なしてもらう手段として死なせている。

 

不全家庭で育ち、不幸な幼少期をおくらざるをえなかった人間はたくさんいる。自殺をかんがえた者もいるだろう、犯罪ギリギリのこともあるだろう。しかし、ひとはけっこう丈夫に、克服はしないとしても、生き抜いているのだ。

ではなぜひとをころしてしまうのだろう。ウラミをかかえ現実に暴力という結論をだしてしまうのだろう?


性的サディズムが山地にはあったが、父親が酒乱で母親に暴力をふるっていた。

遺伝子も継いだだろう。そのうえ幼少期に「そのようにして人に向かうのだ。暴力で解決するのだ。」ということは息子に日常的に体得させた。彼は父親を慕っていたから、すんなりとコピーされたのだろう。

 ――つづく

悪について。−「死刑でいいです」

  • 2016.04.09 Saturday
  • 22:38
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アスペルガー症候群について調べていたところ、アスペルガーだった?という山地悠紀夫についてかかれた、『死刑でいいです』池谷孝司 を読んだ。

人間の在り方の理想というものがあったときはそれにすこしでも近づくことがモチベーションだったが、なくなったところで、ひとの悪の部分を見てみようというきになった。そのような本をいままで読んだことはあったが、どうしても異常な世界という視点しかもてなかった。しかし、人間であるかぎりそれもまた自分なのだという思いがはずせない。谷原徹一氏によると(東京新聞2016/1/25)人間は想像力・共感力を持ち、自由な意志をもちながら自制心を行使できる存在なのだということだ。なるほどとおもう。人間という存在をあらためておもう。
 
アスペルガーにしても、脳の障害なのだというはなしだ。
このように人類の脳が異常に進化してきて、ちいさな欠陥ができても不思議は無いかもしれない。
アスペルガー症候群とは、頭はひじょうによく、特殊な作業に優れるが、人間関係がむずかしい人といわれる。それは生育暦にはあまり関係がないとのことだが、山地のばあい、家庭環境はあまりにもひどかった。
 
『死刑でいいです』のなかでは、アスペルガーにたいしてなんのたいさくもなされていないこと、母親を撲殺して少年院に入れられ、社会に出る際になんらかの継続するサポートがあったら、姉妹刺殺事件は起こさなかった可能性もあると述べられていた。
 
「一万人の人が憎んだとしても、ゆきくんがかわいそうな子だったって言う人が、私一人くらいいてもいいんじゃないかと。主人とふたりで言ってたんですよ (山地の死刑確定について/元民生委員)
ちいさいころから山地家をみていたひとの言葉であり、母親撲殺事件は17才であったが、助命嘆願の署名が数千あつまったという。(また彼は二度目の姉妹刺殺事件をおこすがそのときは2万人の死刑嘆願の署名があつまったという)―― つづく
 

凶悪

  • 2012.11.20 Tuesday
  • 09:36
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この世の荒野、その泥でもなんでもみてやろうというわけで、『凶悪』という本を読んでみた。

 

だいぶ前になるが、新聞に、ある死刑囚が余罪を告白し、その彼の犯した殺人をリードした人物について告発した、という記事があった。

上申書殺人事件という。

死刑が確定した囚人が、あばかれていない犯罪を告白するという、あまり前例の無いことだったので驚いたのと、その写真が絵に描いたようなワルの顔貌だったので、憶えている。

その後藤良次という死刑囚にはボスがいて、つぎつぎといわれるままに、人をだまし、いたぶったり殺したり遺棄したりした。

そのリードした人物はなんら罪にとわれることなく“先生”といわれて妻子とくらしている、という。

 

そのことを調べ、裏を取り、記事にした〚新潮45〛が書いた本『凶悪』を読んだ。

尼崎の事件になにか似ているとおもって。

 

“先生”は、金+生活破綻者の臭いをかぎわけ、助けるとだまして、もっと酒びたりにして破綻させて、あるいは殺させて、その土地を取得転売する、あるいは生命保険を搾取する。

 “先生”は、高額の生命保険をかけられた酒びたりの男をあずかり、毎日酒宴で弱らせ、ついにアルコール100%近いウォッカを流し込んで殺してしまうのだが、驚いたのは、その妻と娘、婿もそのことに同意してあった、ということだ。

その男カーテン屋はもはや借金だらけでそれしか道が無いということだったのだろうか。

それにしても妻や娘が同意するとは!

“あたまのよい先生”が言葉たくみに同意させたのだろうか。

件の上申書によって、立件できたのはこのカーテン屋の事件だけだったので、“先生”は起訴され無期懲役になったが、そのほかに10人以上の不審な死がころがっている。

目的は金。

“先生”の豪邸には札束を隠す部屋もあったという。

金に人はむらがり、おもしろいように付き従ってくることが、ゲームのようだったのだろうか?

人生破綻者の臭いをかぎわけ、助ける顔をして、抹殺。

土地、生命保険から札束に変える。

人を殺すことがなんでもないという人間がいるんだ。

 

ことさら凶悪でなくとも、ある種の催眠状態というものにはいってしまえば、人を殺すこともできてしまう、というのが人間でもある。

たとえば戦争。

戦争なんだから人を殺せという。

軍隊というのはその催眠状態を訓練するところでしょう。

国家がマスコミを使って国民総催眠状態にする。

 

“先生”は、ほとんど自分の手はよごさずに人を使って殺し、その仲間や手下も不利となればそれも自分のては汚さずに、自殺に追い込んだり、自殺にみせかけたりして抹殺しているという(後藤の証言)。

後藤はその凶悪から“先生”に重用され、その手足となって次々と生き埋めにしたり、殺した死体の隠滅などにかかわった。

つかまって死刑囚になって、親分が「約束」の金をよこさないこと、可愛がっていた舎弟が自殺したのも親分のせいだと怒り、なんのおとがめもない親分に「復讐」するために、獄中から、余罪の上申書を書いた。

 

 

尼崎の事件は、まだ解明されていないが、これまでで感じることは、ネガティヴな面のプロ=凶悪の姿だ。

「お気に入り」と「金」でひきこみ、あるいはクレームで関係をとり、みせしめや恥辱そして拷問、殺人で恐怖に陥れる

全裸にして「金をもらってこい」と親戚に行かせるなどと、人間の裏面にたけたゲーマーだ。

されるほうは、恐怖のスパイラルに取り込まれてしまう。

当面気に入られて可愛がってもらっている子分たちも、恐怖でうごいていただろう。

女帝自身は恐怖にふるえることはなかったのか?

 

金と恐怖で支配

(徴税、福祉)(仮想敵国、刑罰刑務所死刑)

国家と似ている。

 

また、いじめと似ている。

 

人がいかに恐怖にとらわれてしまうものか!

恐怖のパターンは、危機に対応した記憶とそれに結合した非常に強力な反応であり、爬虫類の脳といわれる脳幹(辺縁系にある扁桃体)にあるそうだ、なるほど、大脳皮質(理性)からは遠い。


 

 

あのまなざし

  • 2010.08.13 Friday
  • 22:19
 

 

NHKハイビジョン特集<二重被爆 ヒロシマナガサキを生き抜いた記録>

 

これをみて、やはりひとそれぞれの使命があると思わざるをえない。

二重被爆―出張先の広島と実家の長崎とで被爆したひと山口(つとむ)さん。

二度の被爆、二度の黒い雨、悲惨を体験して沈黙してきたが、幼児被爆した長

男が59歳で亡くなったことをきっかけに、93
で胃がんでなくなるまで、その体験を

語り続けた。

ひとりひとりのこころに反戦反核の灯をともすことを願いながら。

話しているうちに、しばしば心がどっとくずれてこみあげてしまう。魂が慟哭する。

 

最後まで、知性を持ち続けた。

あのまなざし

としかいいようにないもの

あの、まなざし

 

ひとにはそれぞれ、使命があると。

その生、その苦、その痛み、その死に、使命があると。

ただ、なかなかわからないだけなのだと。

信じるに十分なドキュメンタリーでした。

 

キャメロン監督が見舞いに訪れる。

「言葉はでませんでしたが、魂でつながりました。

なぜ伝わるのか、そこを追求しないといけない。

真理です。」

そう言って、遠くをみるつよいあの、まなざし。





人道にあらず

  • 2010.08.08 Sunday
  • 22:39
 

NHKスペシャル<封印された原爆報告書被爆者2万人のデータ>―(アメリカに渡した

日本、その思惑は…驚くべき新事実)という番組を見た。

 

ヒロシマに新型爆弾が落ちたというので、時の政府は電光石火調査を始めた。

死亡者数を数え、被爆者の血を採取、体温をまいにちはかった

治療はぜずに。

死亡者の解剖、と臓器のプレパラート作り。

それらの結果報告書はすべて、その爆弾を落とした国に英訳して送られた。

 

存命の関係者にインタヴューしている。

なぜそんなことを日本はしたのだろうか?

という質問に、受け取ったアメリカ側の関係者は長い沈黙のあと「731か」と言う。

 

731部隊。

旧日本軍が中国大陸で、細菌兵器をつくり人体実験していたという話を森村誠一氏の

本で知った。(「悪魔の飽食」)

そこにも敗戦後、なぜこのような人道上の大罪がうやむやにされ、その関係者が現在の

日本でしかるべき地位にいることが不思議だ、そこには、なにか取引のようなものがある

のではないか、と書かれてあったと記憶する。

 

731部隊の人体実験データはもちろん、ヒロシマの新型爆弾のデータも、米国にわた

っていた。

「心象をよくするためじゃないですかね」

と言う日本側元関係者。そこでなされた取引には言及せず。

戦争を起こし、遂行した上層部は、自分の保身しか考えない。

 

戦争というのは、そうだと、私は考える。

人道などないと。

人を殺傷する新兵器を開発し、実験し、そのデータをあつめる。

いかにそれにすぐれるか。

戦闘員も非戦闘員も、いかに大量に効率よく殺すか。

 

アメリカは、ヒロシマの原爆で亡くなった子供の数のデータから、冷戦時代の敵国主要

都市に落とす原爆の数を決めていたという。

 

私たち、ひとりひとりの中に、暴力がエゴがあり、民族や肌の色や宗教などで分離して

いるかぎり、戦争はなくならないだろう。

 

ある友人が、あんただって家族を守るだろうよ、国だって守るんだよ。9条は廃止し、軍

隊をもつべきだ、と言っていた。

そうだろうか?

守らない方法もあるのでは?と言ったが、なにかが根本的に変わらなければ、「たわご

と」にすぎない。

 

オバマアメリカ軍最高司令官が、プラハで、核廃絶について言及した。

道は遠いが、核軍縮が一歩一歩、微々とではあってもはじまり進んでゆくことを、人間

に絶望せずに、願い、見ていたい。


「たわごと」も言い続ける。






 

ひとは守る

  • 2009.12.14 Monday
  • 13:51
ハゼノキ



 

 

あるひと

やっと男の子が二人授かって、その話ばかり。かわいいよ!といっている口先から、

 

人は、守るだろうよ、という

家に泥棒がこないようにまもるだろう

暴漢なら戦うだろう

国だって同じだよ

核はもたなきゃだめだ

九条は廃止して徴兵制をしかなくちゃだめだ

 

あなたのかわいい息子が戦争でころされてもいいの?

 

いいよ

 

という。おどろいた。

その論理―

「ひとは守る」ということからこんなまことしやかな論理をひきだして、論理でけっきょく守るべき息子を殺してしまう。

息子より、自分の論理が大切なのか。

 

たしかにひとは守る。自分をまもり家族をまもり、それを敷衍してゆけば、国はまもらねばならない、どうやって守るのか、核兵器はもつ、戦闘員を訓練し、使えるようにしておき、攻撃は最大の防御とばかりに戦う…

 

そんな思考が、かわいい息子を殺人者にして、殺してしまうのだ。

おそろしいことだ。

 

うちの怪人がむかし、さきの戦争の大義名分は天皇だったが、今後戦争が起こされるならば、その大義名分は、「家族」だろうと、言っていたが、まさにそんなふうになっている。

 

 




守らない道もある

 

防衛しない。

 

どろぼうに寝返りをうって、寝具を盗り易くしてやった良寛さんの話しをし、

 

世の中かわってきているよね

暴力で解決しない方向はみえてきたよね

 

ユングの共時性の話しをして、ひとつの進化がひろがってゆくことをしんじていることを。

話した。

 

わかってはもらえないだろうが、言わずにはいられなかった。

 

 

 


地球に影響を及ぼす大国の大統領が、戦争はいたしかたないとノーベル平和賞を手にして演説した

というので、思い出した。

 

戦争で、平和をつくれるのだろうか?





 


小さな冷たい手

  • 2009.10.31 Saturday
  • 17:37



 

 

永山則夫と獄中結婚した和美さんというひとが、はじめて語ったという、そのTVの映像をみて、あまりに暗澹たるおもいにとらわれてしまった。
そんなことがそうそうあるわけではなく、いったいそれがなんであるか知りたくなって、Nが幼少時をふりかえって書いたという「木橋」という本を借りて読んだ。

 

淡々と書いてあったが、その惨状に言葉を失う…

5才で親におきざりにされるとはどういうことか

厳寒の網走で、ゴミをあさり

港の小魚をひろって食う幼児…

 

―だれも手をさしのべなかったんですねえ

―五歳のちいさな冷え切った手を私は思うんです

 

とKさんは言う。

彼女は言葉をひとつひとつ考えながらしぼりだすように話す。ひとつひとつ生体の肉片に乗せられてはっせられるかのような痛みのこもった言葉だ

彼女自身、親に捨てられたが、祖母がそだててくれた。フィリッピンのハーフということで、福祉でも差別を受け、深く傷ついた過去があった。

 

 

1949年、網走番外地、呼人(よびと)でうまれたNは、承認欲求どころか、生理的欲求をかろうじて生存のために自分で満たさなければならなかった。

おなじく置き去りにされた兄二人と姉ひとり

兄は、弟をいじめぬく

姉は、精神病院へ

つねに生存欲求がみたされない

 

姉が、海べで、かれにやさしいことばをかけてくれたことを、唯一のこころのたよりに、もっている。「なぜか、海」という本もかいているが私は読んでいない。

 

網走地域の担当者のような係の者から、母のいる青森へおくられ、そこでも、兄からのリンチ、母の無情は変わりは無い。

木橋とは、「その真ん中にいろ」といわれておきざりにされたおもいでだ。

 

「あんたはおれを三回捨てた」と獄中の永山は面会の母に言う。

「一回だよ」と母はいうのだ

このよの貧乏と無情をおもいっきり生きる

 

父親はリンゴの剪定師だったが、ばくちウチで家にはいつかなかった。

こどもの食い扶持まで持っていったという。

いちど帰ったが、兄たちにリンチにあっている姿を永山は見て同情し、父にはうらみをもってはいなかった。いないものはただ恋しいものだ。

うらみつらみは母に集中した

 

母親は貧乏でも、しっかりこどもだけは育てたいというような人ではなかったようだ。

8人もの子ども(内ひとりは長男が高校のとき産ませた子)をかかえて行商でいきつないでいた。女ひとりで、生きつなぐことに精一杯だっただろう

 

兄によるリンチを母親にうったえても、反応がなかったという。

 

母親の写真もあったが、冷たそうなところはなく、なにかとほうにくれたような表情をしていた

 

 

 

巷で有名になった「無知の涙」は、とても全部は読めなかった。あまりに異常な炎があまりにもくすぶっていた。

無知だった。だから殺してしまった。

無知であることは、罪なのか、と。

 

彼は無知どころか、とても頭がよい

殺人を犯して、自分はいきていられるはずがないと知っている

 

自分も死ぬことを覚悟していた。

しかし、二審の無期懲役と、獄中結婚したKさんという存在によって、生きる希望を得たが、最高裁で死刑が確定する。「生きる希望を与えて、それを奪う、それがあんたたちのやりかたなのか?」と裁判官に言ったという。なにか、つねに他罰的な考え方をする。

 

Nには、支援者も多かったし、文筆でなんとか協会にはいれるとか入れないとかというほど有名人で、しかし、私はなにか彼にたいする気持ちは、つねに「保留」であった。

まあ、いまだにそうかもしれない。

 

 

今回、TVの映像をみて、Kさんの存在感にうたれた。

Kさんは、もちろん得がたいそんざいとしてNを支えたが、NのほうもKさんを獄中から支えたのではないか。

 


そして、やはり、問題は、基本的な(母親、または代理でも可)承認(愛・存在にたいするYES)にあるのではないかと、仮説をたててみた。

 

生理的欲求(空気・水・食物・庇護・睡眠・性)

このファースト欲求が満たされずに成長したNは、からだが、とても丈夫だったんだなと思う。

丈夫な体が得がたいひともいる。

これは彼にとって数少ない幸運だったのではないだろうか。と、病弱な私は思う。

 

 

安全欲求

だれひとり守ってはくれず住むところも転々とし、映画館などで寝る。

 

愛と所属の欲求

職業も過去の窃盗がばれたりして、まともな仕事には就いていない

 

他者による承認欲求

親兄弟からも認められないし、また、だれひとりとして(近所のおばさん、先生、福祉関係、おまわりさんなど)よりそう影はない

 

 

収監されてから、皮肉なことにNはこれらの基本的欠乏欲求がみな満たされることになる。

猛烈な読書をして、思想をうちたて、本を出版した。

自己実現欲求をはたすことまでできた。

 

その内容は、なにか砂上楼閣的な頭脳建築のように感じられてならない。

やはり、幼い時に、なにかおおきななにかをもらっていずに、あたまはよくて努力をかさねたとしても、誇大妄想の虚構をつきつめたとて、むなしい螺旋をのぼりつめているだけのようにおもえたならない。愛なくば、ただ退廃するだけ、結局凄惨な場所にしか来れないものか。

「愛なくば」人間としていきてゆけないのか。

 

Nのように、幼少時にあれほど「承認」をえられなかった子というのは、まことに信じがたいものがある。母親。父親がだめでも、祖父母、兄弟、近所のひと、など、なんらかの承認をえられるケースがあるもので、子のほうは、どんな代理であってもいいのだ。それほど求めているものだし、それほど生存(人間として)に必要なものなのだ。

 

母親を憎悪したというが、ほんのちいさな基本的な「愛」も、もとめたものは得られなかった。

愛された子は飛び立てる。愛されなかった子はいつまでもその欠乏にいるのだ。

 

 

基本的承認。というもの。獣すら子にあたえるもの。

いまもなお、ネグレクトといわれる育児放棄・幼児虐待が伝えられる。

そうされてそだった子は、いったいどうしたらいいのだろう。

わずかに、内面へたどることで、私は、道はあるとおもうのだが、それも、親からの(まがりなりにも)基本的承認を得たものが言うことだろうか?

 

貧困ではなくても、子供のありのままを認めない親のもとで育つ子もいる。

そういうふうに、罪をおかしてしまう少年が、つづいている。

 

それは、基本的承認をもらえなかった子

もらえなかった子はどうすればいいのだろう。

どう生きていったらいいのだろう

 

 

Nは、自分のあやまちの原因を自分以外にみて、終生、過去と現状の欠乏を弾劾し、自己の原因を外に(資本主義?)みて、糾弾したけれど、それが「有効」であるはずがない。自己救済に関しても的がそれているし、裁判でも「反省していない」とみられている。

 


死刑確定の後、再審請求は一度も出さず、弁護団を解任し、Kとは離婚する。

犯した罪は裁かれ、死刑によってそのすべてが断ち切られた。

 

やはり、悔悟というのは生きて償うことでしょう。

死刑というのは、おおいに復讐といういみがある

私のあいするものがころされたら、同じようにころしてやりたいとおもうだろう

しかしそれでも、死刑という国家の行う殺人は、復讐代理といういみであっても、悪い種の淘汰といういみであっても、とても野蛮な行為(制度)だ、と思う。

 

 

Nの凍えるちいさな5歳の手は、それから人を4人もあやめ、永遠にあたたまらなかった。

カラマーゾフの大審問官の章で、イワンの言う「おもらしをしたというだけで凍える便所に、親によってとじこめられ、ちっちゃな手をあわせて神ちゃまにお祈りする」そのちいさな手とかさなった。

 

なぜ、こんなどうしようもない、悲惨があるのだろう。






<甘口辛口>より

死刑囚と結婚する女
死刑囚と結婚する女(つづき)

永山則夫の周辺その1 

永山則夫の周辺その2 






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