村山 聖さん

  • 2016.12.01 Thursday
  • 19:35

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6年前に、大崎さんの本で、村山聖さんを知り、書いた記事がありました。 

映画化され、話題にのぼっている。

29年で生ききったひと。

その生に、言葉に、どんなに勇気をもらったことか!生かされたことか!

私は、なにも言えない。彼が生前残してくれた黄金の言葉を載せ、かれの生を称えたい。

 

 

早く名人になって将棋を止めたい。

 

 

将棋というゲームは頭の良さを争うゲームではなく、心の強さ、精神力の強さを競うゲームなのです。

 

 

(プロの場合)負けそう、負けるかも、といった感情は戦いのじゃまなのです。この世界は体が弱いとか年齢がどうかとか関係ありません。目の前の一局と全力をつくし負ければ、また次の一局に全力をそそぐ。この病気もそういう所があるように思います。…

               ―「腎炎、ネフローゼを守る会」機関紙への寄稿より

 

何のために生きる。

今の俺は昨日の俺に勝てるか。

勝つも地獄負けるも地獄。

99の悲しみも1つの喜びで忘れられる。

人間の本質はそうなのか?

人間は悲しみ苦しむために生れたのだろうか。

人間は必ず死ぬ。

必ず。

なにもかも一夜の夢。
              ―平成4年に母親が彼のアパートでみつけたメモ、いつ書かれたかは不明。

 

 

今年の目標は?

―土に還る

行ってみたい場所は?

―宇宙以前

 

 

僕、20才になったんです20才になれて嬉しいんです。20才になれるなんておもってもいませんでしたから」。

 


もしも健康のままだったら健全な体を感謝することなく生きていたし、身体障害者の事も遠い異国の人のように感じ、接することなく終わっていたでしょう。

               ―「腎炎、ネフローゼを守る会」機関紙への寄稿より

 

 

…もう何十年も走っていません。もう走ることはないでしょう。しかし力いっぱい走る体験より、もっともっとたくさんの体験をこの病気はくれたように思います。

                          ―同上

 

 

 人間は悲しみ、苦しむために生まれた。

それが人間の宿命であり、幸せだ。

僕は死んでも、

もう一度人間に生まれたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

マイケル・A・シンガー

  • 2015.01.29 Thursday
  • 22:24
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病院で待っているあいだに読みました。
ひとにたいするあたたかいスタンスで語られるので、1冊読んでしまいました。
 
 
なにがあろうとハートを開いたままでいる。
ハートを閉ざさなければならないほど重要な出来事は人生にはない。ハートを閉ざしそうになったら、「いや、わたしはハートを閉ざさない。リラックスして、なりゆきに任せ、付き合うつもりだ」と自らに言ってもらいたい。どんななりゆきにも向き合って付き合ってもらいたい。ハートを開いたまま胸を躍らせながら対処するのだ。そのうちにハートの閉ざし方を忘れていることに気づくだろう。誰が何をしようと、どんな状況が発生しようと、あなたはハートを閉ざそうとはおもわないだろう。あなたはただ、全身全霊で人生をうけとめるだろう。
      
               ―――『いま、目覚めゆくあなたへ』 

                                                        マイケル・A・シンガー  菅 靖彦〔訳〕
 

一つのブログ

  • 2014.06.03 Tuesday
  • 22:55
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なにか知りたいとおもったら、本しかなかったころ、その内容は、出版社を通してやってきた。出版社が売れないとおもう内容は、ほとんど出版されない。なかには出版者の心意気がつたわってくるような(たぶん売れない)本もあり、神田の書店街を歩けば、個人出版やら、同人誌にであうことはあった。
それが今では、ネットで、いながらにあらゆる知にであえるようになって、私は、ずいぶん多くの情報と、知に触れえている。
 
10年ほど前に、めぐりめぐって岡野守也氏のブログに出会い、本も多く出版しておられるので、購入してのめりこんでいたところ、ケン・ウィルバーを知り、興味を持った。
ウィルバーは、私には大変難しく、登頂断念したが、『存在することのシンプルな感覚』にはなんとかとりつけた。それは、目や身体や脳からなんまいも膜が取れたような状態だった。
「非二元」「開け」「ワンテイスト」「目撃者」… など、斬新な内容だった。これは第一歩だった。ずいぶん抱えていて、難解ながら、解りたかった。
そして、なにげにウィルバーを検索したところ、今日ご紹介したいブログに出会いました。
 
ウィルバーにかぎらず、紹介されていたヨンゲイ・ミンゲール・リンポチェやエックハルト・トールに出会いました。
理論だけでなく、ご自身に即した学びの文章は、いまもなお学ばせていただいております。
長年の感謝をこめて。 

 
ウィルバー哲学に思う
http://blog.zaq.ne.jp/nagamasa/
 
         

トルストイとドゥホボール

  • 2014.05.07 Wednesday
  • 21:53
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TVでトルストイをやっていて、興味深く観ました。
若いころからどちらかといえばドストエフスキーにひかれて、なにかあると信じてけっこうしつこくかじりついて読んできましたが、私にはわからないままのようです。
トルストイ『戦争と平和』も挑戦しましたが、だいたい退屈でした。
ソビエト映画『戦争と平和』は、若いころ映画館で観たが、アンドレイとピエールが屋敷の大木の並木道を歩くシーンだけが深くこころに残っていた。最近TVで見る機会があって、長尺なのでだいぶとばしてしまいましたが、ひとつだけ印象深いものがあった。哲学的な将校アンドレイが戦争で撃たれて樹の根元までたどりつき死んでゆく場面――すべてを手放さざるを得ない死がやってきて昇天するのだが、自我を離れる幸福感や宇宙との一体感を描写していて、あっとおもいました。死というものが、思わされていたように「死とは無になること」の恐怖ではなく、荘厳であり深い意味がそこにあるのだということが、今は無理ありませんですが、19世紀に書かれていたことが感慨深かった。
 
TVの番組では、トルストイは、自然と共生するドゥホボールという思想集団を援助したということをもっぱら取材していた。
ドゥホボール…
ロシア・ウクライナに起源を持つキリスト教の教派。神秘主義・絶対的平和主義・無政府主義の傾向が強く、共同農業生活を送ってきた。18世紀またはそれ以前に農民の間から現れたとされる。…(Wiki)
それは菜食で自給自足、人をころさない=戦争放棄=つまり兵役拒否で事実ロシア国家により銃殺されることをえらんだのですが、それでも人間としてできないことはできないと命をもって表した思想集団で、いまは(徴兵制度の無い)カナダに移住したそうですが、それにトルストイが資金援助をしたということでした。
すべての人の内に神が宿るという信仰…(Wiki)
ということで、このへんは現在のスピリチュアルとおなじ基本と考えていいでしょうか?
 
カナダの現在の家庭も写していましたが、その健やかで穏やかなエネルギーに和している姿が印象的でした。
私たちは、実際ふつうに肉食をしていますし、もし徴兵制度があれば、逆らうことよりしたがってしまうでしょう。兵隊に行ったなら自分が殺されないように相手をころすでしょう。
そのことをつきつめて生き方に反映するならば、菜食と自給自足、兵役拒否となるだろう。
そのことを表明しそれを生きているというひとたちがいて、いまもかわらずに子孫をつないで暮らしているということに、人間というものの可能性的に、感動しました。


 

車のナビがぐるぐる

  • 2014.03.22 Saturday
  • 22:05
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車のナビの画面が勝手にぐるぐる回るようになった。
困ったときのネット検索でも、解決策はなかなかでてこなかった。
で、取説の最後のページにある「ご相談窓口」っていうところに電話。
SANYOのあとをひきついだパナソニックの相談窓口に電話、
「買ったカー用品店に持ち込む前に、ご相談しようとおもいまして」と言うと、
「それは正解でした!」とのこと。若い(多分)男のひとが、懇切丁寧はもちろん、ひと的な対応でした。(ひととは心を持っていて、かつ使っているという意味です)
まずはいわれるままにSDカード(1,480円)というものを買い、差込口をさがしたがうちのどのPCにも無かった。再度電器店に行き、USBで接続できる差込口(カードリーダーというらし)(780円)を買ってきて、電話で教えていただいたバージョンアップのページから、PCに解凍したファイルを、SDカードにメモって、それをナビにインストール……
治りました!――多分、ナビ(SANYO Gorilla)自体のプログラムのミスか不備だったのかもしれません。
 
………おもえば、2003年「このままのアナロギーな生活でいい」といいはる私に、息子のおさがりのPCを据え付けたおっさん……わからなくてSOSの電話をすると、私のレベルも考えずに指導してくださる息子……(o→ܫ←o)
おかげで、悪戦苦闘、無い頭をふりしぼって、ごちゃごちゃやっているうちになんとかなった。……けっこうキライじゃないかも?……
 
車を発車させて、ハンドルを切るとナビの地図画面がぐるぐるぐるぐる勝手に回って、目もまわりそうだという方、ネット検索では、ジャイロ交換で4万円などという回答もありました。相談窓口にお電話がいいかも知れません。
 
 

リビング ウィル

  • 2013.09.10 Tuesday
  • 22:50
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とくに新書に多いのだが、自分を語ると第一人者だとか自説にこだわっていたり、「私」の脂っぽいニオイがチラチラ行間にただよって、クサイなあというのが多かった。
しかし、今回読んだ本は、そのようなニオイがまったくなくて、そのことにいちばん驚いてしまった。
文章は、どんな文章でも、その人間が書いているわけですから、人間が蜃気楼のようにあらわれてくる。私=エゴがなく、事実をありのまま伝えるという文章に出会うとうれしい。

その本というのが、新書版で、「やすらかな死を迎えるためにしておくべきこと」―リビング・ウィルのすすめ――大野竜三

 

65才から高齢者というそうで、ちらほら老化というのはこれかとおもえるあれこれ。もうなにがあってもまあそうでしょうというかんじ。それらが私にやってくることに、あるぶぶん感動している。老化するまで生きられて、これが体験できた!というかんじかな。

 

必ずやってくる死。死んだあとのあれこれは、もう決めてあるが、その前段階「どう死ぬか?」、これは気になっていた。

ピンピンコロリという理想があるが、この日本の制度の中で、コロリとしねるのだろうか?容態変化で救急車を呼ぶが、そこでなされるのは医療行為であり、また、駆けつけてくれた家庭医にしても「医療というのは全力で生かすもの」なので、放って置いてはくれない。
結局スパゲッティ状態で生かされる。かといってそのどちらもせず、家などで死んだ場合、警察がやってきて事情聴取をされる。
ことによったら司法解剖になる。


そこで、リビング・ウィル。
生前意識も清明なときに、これこれの医療行為はしないでくださいと宣言書で、それを提示されれば医師はそれを尊重しなければならない。


私の父・母の場合、本人には知らされず、兄の場合も主治医は兄弟たちにこれこれになってこう死にます、人工呼吸器を取り付けるかどうか?決定をせまられた。
たまたま「そうなったらなにもしてほしくない」と兄がもらしていた親戚がいてそのことで呼吸器はつけられなかった。

最後の大事な選択を、なぜ自分でできないのか。

なぜ自分の死を意識しないようにし、直面しないでしんでゆくのか?

 

その必要を説いている筆者の、明晰な論理、誠実な実証、広範な知識、に加えて、しずかに温かい人間性が伝わってきて、ほんとうとうによい文章=人間性を読んだなあという感慨。

 

http://square.umin.ac.jp/~liv-will/

 

 

医療というものは、本質的に生かすものであって、死は敗北か、違う世界であるにもかかわらず、医療が引き受けざるを得ない現実があります。

 

そのあと、関連する新書を数冊読んだのだが、やはりリビングウィルですね。







「新・月のブログ」というブログ

  • 2010.11.01 Monday
  • 23:32



新・月のブログ

        月と自然と子供たちの小さな道

 

 

http://africansou.jugem.jp/

 




ここに、ご紹介させていただきますが、紹介文とか感想文とか、じつは私はなにも言え

 

ないのですね。

 

言葉じゃない、というなにかなんです。

 

 

主の「凪の大空」さんは、「あんちゃん」と呼ばれる若く剛健な男性とおみうけします

 

が、内に情熱をもやしつつ、気負いのない淡々とした文章で、その折々の出来事とと

 

もに伝わってくるものがあり、やさしさに圧倒され、こころがしんとしてあったまり、それ

 

には「黙ることだけ」がふさわしいとおもう。

 

 

それでは紹介にならないので、そのこころに似たものを探してみると、

 

―たとえば、国上山の五合庵にたどりつき、良寛さんが住んだ気配を感じ、魂をかん

 

じようと黙るとき。

 

「さみしそうな場所だ」とか、「冬は寒いだろう」とか、そういう感想はずっとあとにやって

 

くる。

 

 

―また、良寛記念館から海にむかって曇った大気のむこうに佐渡をはるかにみて、わ

 

けもなく涙がでてきたとき。

 

 

―日本列島の片隅で生きて死んだこのようなひとがいたことが、私にベーシックな勇

 

気を与えてくれたように。

 

 

似ているといえば、そんなところです。

 

 

それぞれの持ち場で、気負いもなく、菩薩のように、傷ついたちいさないのちをあたた

 

めている人もいるのです。

 

 

わたしたち人間は、こころでいきていることをかみしめ、読み終わったあとに、深い呼

 

吸をする。




そっとご紹介したいブログです。











 

長くなってしまったお返事

  • 2010.03.17 Wednesday
  • 21:38
 

kenkouhoushi 様
 

ゴッホが自殺するということはまったく考えられなかったのですが、錯乱して自分の腹を撃ってしまったという説を、マゾ的な行動があったことだし、なんとなくそうかもしれないとおもっておりました。


それにしても「撃って」からの奥歯にもののはさまったような説明になっとくがいきませんでした。

一昼夜生きていた―タバコを吸ったりしていた―にもかかわらず、弟が駆けつけないのはなぜか?

もし錯乱していたなら、錯乱はおさまった時点で、なにが起きたかとまどうのではないだろうか?

だれがなぜ撃ったかということに、正確な記憶があるのだろうか?

「じぶんがやった」とだけ言ってあとは沈黙を守るというきわめて禁欲的な死は、いったいなんだ?

釈然としないことばかりでした。

 

そこに、TVでゴッホの死を再検証していた番組がありまして、番組としての結論は出しておらず、あいまいにおわらせていましたが、私は確信しました。

事件直前からテオの動向はまったくあきらかにされていず、まもなくのテオの死も、死因すらわかって(公表されて)いません。

なにか、そのように(隠ぺい)させたかったなにかがあったのかもしれません。

 

私は「ゴッホの手紙」を読みました。

ヴィンセントは、ただ情熱に駆られて炎のように画を描き生きた、とは思えない。

ヴィンセントの絵じたい、色彩は吟味しつくされ、構図は考え抜かれ、根気よく細かいタッチのくりかえしで描かれた絵です。けっしてガーッと情熱に身をまかせて(というゴッホ像が主流です)描いた絵ではありません。

「ゴッホの手紙」の文章は、絵に対しては理知的であり、文学的で、とても冷静に書かれ、そして温かな、ひとをおもいやるこころにあふれています。

一級の魂の文学だとおもいます。

 

それをうけとっていたテオは、それがわかっていたからこそ、無理をしてでも援助をしていたのだとおもいます。

しかし残念ながら、奥さんと子供の離反という試練には耐えられなかった。

 

「愛」は、自己に中心をもつかぎり、まことに厄介ではあります。

しかし少なくともヴィンセントの愛は「ほんとう」だったのではないでしょうか。



これからもまた、いらしていただき、ご批判くだされば幸いです。




弟の名誉

  • 2010.03.15 Monday
  • 22:40



 

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、自殺をするような人間ではない。

 

しかし、精神病院に入っていたし、錯乱して、自分の腹にむけてピストルを撃ったといわれていることも、なんとなくなっとくがいかないまま、確たる証拠も証言もない。

それに関して、検証を試みている番組(BS)があった。

それも中途からみたものであったが、いろいろな可能性を検証して、たとえばゴーギャンが撃ったとか、

弟のテオが撃ったというのがあって、それはとてもすごい新説だと私はどきどきして視聴した。

 

「ゴッホの手紙」は、その大半が弟テオに宛てて書かれている。

テオが兄ヴィンセントにお金を送って支えつづけ、テオが画家の生命線だった。

テオは、画商に雇われる身で、金に余裕があるわけではなく、奥さんは長い間協力をおしまなかったが、あまりの義兄の「売れなさ」に、しまいにはが愛想を尽かし、子供をつれて家をでていってしまった。

テオは、家族をいつくしむ、こころのやさしい男だった。

一枚の絵も売れず、まったく評価されないどころか、精神病院にはいっている兄に、援助をしつづけるというなかで、あいする奥さんが子供とともにでていってしまうということは、とくにおおきなショックであったことは想像するにあまりある。

テオはまじめなだけに、悲嘆が逆上に変わり、その原因の兄に矛先がむかったということが、ありうることではないだろうか。



ヴィンセントのピストル事件が証拠も証言もないのは、ヴィンセント自身、事件から一昼夜生きていたにもかかわらず、自分がやったとだけ言って、あとはなにも話さなかった。

そもそも、死のうと思って腹に撃つだろうか?

仮にヴィンセントが撃ったとしても、精神錯乱のうえにやっちまったことだというあいまいな話であった。

ヴィンセントは耳も切っているし。

そのながれで、なんとなくそうかもしれないと私も思っていた。

しかし、錯乱して撃ったのなら、「自分で撃った」とだけ言って沈黙をまもるだろうか?

検証では、弾丸の入射角は、とても自分ではできない方向からはいっていたという。

 

私は、テオが撃った、という説が、ものすごい説であるとともに、もっとも人間の真実に近いものだと思う。

ヴィンセントがテオに宛てた手紙をよんでいると、情熱、理知、そして大きな大きな山のような愛があふれている。
テオは、この魂の力で書かれた内容を、本当にわかるにんげんであったので、援助を切ることはできなかっただろう。

 

テオは、ほどなく死んでいる。その原因などは伝えられていない。

こんなあとをおうような死も、なにかミステリーだ。

 

奥さんに見捨てられ、子供と引き離されたたテオが、まさしく兄のせいだと、ピストルをもって、兄のもとにゆく―

ヴィンセントは、麦畑でイーゼルを立てている―

「おおテオか!どうした?」

兄の笑顔にテオはひるみ、銃身が下をむいてしまいヴィンセントの腹を撃つ

 

ヴィンセントはそれから一昼夜いきていて、自分で撃ったとそれだけ言って、すべてをあの世にもっていった

テオは、兄を撃ち自分も生きていけなかった、というか死ぬつもりであったろう。

死因は解っていないが自殺同様に死んだものと、私は推測する。

 

私は、雇われ人の月給とりであるテオが、どうしてそんなに自己犠牲的に長期間、兄に援助ができるのか、とてもかんがえられずにいた。

なんでそんなによいひとなの?

なにがあなたをそうさせるの?

この説を知ったときに、テオが人間のすがたをして顕われた。

葛藤のなかで兄を援助しつづけ、ひとりぼっちになって錯乱したのはテオであり、結果として二人の関係を完結させた。

 

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは自殺するような人間ではない。

その絵、その文章を、私は信じている。

 

それを支え続けた弟、テオドール・ヴァン・ゴッホの名誉にかけて。





こちらがいじめてはならん

  • 2009.12.25 Friday
  • 22:29
アオキの実





あるひと

学校で息子が苛められた。

帰ってきた息子に、戦い方を特訓し、

「おれがすべて責任をもつ。やってこい!」と送り出し、みごと報復をした、という。

「すごいね!」
いじめた子が報復されることで、痛みがわかる。
いじめた子にとっても、よいことだろう。

私は、その時は、その話に共感した。

 

 

「もやいの海」というTVドキュがあった。

水俣病にかかってしまった網元の娘とその夫の40年

娘は水俣病でイジメられる

娘の父親は、娘に言ったと言う…

 

「こちらがいじめてはならん

「しんでゆくときにきれいであれ

 

その後、その父も母も水俣病でなくなり、網元の娘は夫とふたりで漁をしながら5人の息子をそだてる。

チッソを訴え裁判をする。

チッソという会社で生活してきた人々がいる地域で、敵視され、いじめに会う。

お米を売ってもらえない。
 

いじめるほうのきもちもわかる

ただ耐える。

「お米が食べられなかったですね」と淡々という夫

 

時が経ち、捕れたシラスを近所に売ってあるく

 

 

 

こういう生き方もあるのだ

 



私は、苛められるのは、反撃できないとおもわれるからだと、苛められる側の戦闘能力を高めることで対応することを考えていた。

 


苛めをうけるが、

まちがったことをしていない。

じっと耐える。

時が解決してくれるまで

 

「報復せず、清い魂で」

 

という言葉がみに沁みた。

 

 

水俣病でなくなったかたがたの鎮魂に、夫が彫り上げたお地蔵さんのお顔が憂いをふくみ清らにやさしかった。

 

 

 

水俣湾の中に鎮まる海の美しさにこころがうばわれる。

 

 

 

 


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