《krishnamurti》

  • 2012.05.05 Saturday
  • 22:52
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Krishnamurti。それは事件だった。

求めてきたものがそこにはあった。

わたしの「納得した」という言葉は、このためにあったと思った。

読み始めて三年経っても、それについて書くことはできなかった。

今五年になるが、いまよみかえしても学びに満ち満ちている。

しかし、いまだにそれについて書くことは難しい。

私の中に入って息づき始めていることは、少しずつ書くことはできそうだが。

とにかくそれを生きたい。

一生の学びです。

 

クリシュナムルティとの出会い

この山に入る前のこと、PCの検索をおぼえて、いろいろランダムに遊んでいた。

『自殺マニュアル』という本があったな、とおもって検索すると、ある人のブログに行き、そこで岡野先生にあった。

サングラハに入り、その冊子でクリシュナムルティという言葉を見たような気がした。

 

その「クリシュナムルティの光」展というのを近くでやっているというので、そこに行った。そのとき私の中のKのイメージはなにかヨーギのような人物だったが、写真を見ると、知的な印象のおじいさんだった。

出会いはそこからだった。

 

そして『自我の終焉』の衝撃。

それから5年、必死にそのことばを学んだ。

やっと最近身に即してわかるようになってきたと思う。

本を読んできたのはKを読むためだった、ここに到達するためだったと思い、同時に、私が欲望を燃やし、たくさんの馬鹿なことをしてきたのも、ここに来るためだった。

それは変容であり、そして、説明できない。

 

その、わらしべ長者的行き方の「わらしべ」になった、『自殺マニュアル』という本は、自殺の方法を図解しているマニアックな本で、こうやっていつでも死ねることを確認し、どうころんでもむりやり生体を止めさせる自殺は陰惨であり、そんな自殺はとりあえずやめとこ、という気持ちになる「名著」だった。驚くことに、図書館で借りた。いまはもう撤収されたようだ。


       

 

《科学》の美しさ

  • 2012.05.02 Wednesday
  • 23:05
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科学は、昔も今ももっとも苦手分野で。

物理・地学は赤点。

私の脳はそのようなオソマツな代物で、理解が困難であったにもかかわらず、知りたくて仕方がなかった。

 

なんとかして方法はないものかと探してみて、図書館の本を漁り、TVの高校講座で地学を学び、博物館の講座にも参加した。

理解には程遠かったけれど、わくわくしました。

 

また、PCが使えるようになって、さまざまなサイトで学習できたのだが、岡野先生のブログは宇宙137億年を明晰な言葉で説明してくださり、ほんとうに面白かったし、よくわかった。

 

科学はもっぱらTVの科学番組――特に、CGはわかりやすく、ありがたい。

 

生前母が、「国語は答えがたくさんあるけど、算数は答えがひとつで、とても美しい学問だ」ということを言っていた。

科学は、はっきりした実線で描かれた世界であり、事実であるゆえにおもしろい。

科学が、世界を究明し説明してくれた。

 

その科学的に説明される世界とシンクロしているのが、クリシュナムルティの世界です。

量子物理学者デビットボームとの対談『時間の終焉』が充実している。

 

 

どんな素晴らしい科学技術でも、人間にたいするセンスがなければ、なにか傲慢な事をしているようにみえる。暴走する。

 

小出裕章さんは、真の科学者のひとりでしょう。

人間として、差別をされる側に沿い、世界に向き合って、行動(「できることを」)しておられる。

どんな仕事でも、人間として、その魂でなされることは、樹木のようにすばらしい。

そのような仕事にであうと、生きていてよかった!と思う。

同時代に生きられたことがうれしくなる。



 

《宗教》難民

  • 2012.04.27 Friday
  • 23:17
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洗礼こそ受けていないが、幼稚園がカトリックで、お祈りのまねごとはしていた。

なにか壁にぶつかったときには、聖書を開いた。

悩み多き時節には、カトリック、プロテスタント、などの礼拝に参加したが、違和感だけがあった。

はっきりいえば嘘だと直感しました。

なによりも、キリスト教の歴史のなかで、神の名で人を殺している。

「異教徒」の大虐殺を神の名の下に行っている。

そんなことをゆるしている神とはなんなのか?

どうしても、洗礼は受けられなかったですね。

なにより、一神にゆだねるということは、できない相談でした、たぶん体質上。

 

しかし、キリスト教がちいさく貧しいものによせる慈愛と救済行動は、ほかの宗教にもみられますが、その規模においてすばらしい実践だと思います。

また、聖書には、ずいぶん救われました。

 

 

どちらかといえば、私の傾向は仏教だとおもっています。

 

しかし、仏教は、経典がむずかしく専門的で、さて仏門に入るテスト―修行はきびしく、つねづね頭ははっきりせずおまけに頑健でない私には、仏教へのどんな小道もなかったですね。

 

そうこうしているうち、ある作家が得度して仏門にはいった「事件」があって、私は「すごい!」と、瞠目し、賛嘆した。

しかし彼女のその後の行動は、納得できないものでした。

 

今の仏教は、葬式とカタチ。

禅の真髄は<只管打坐>―ただひたすら座禅をするのだが、「解脱をするために」座っても、そのエゴを強化するだけなので、なかなか真の解脱には到達しない。

 

2005年、岡野先生のブログに会って、本を購入し、やさしく明晰に唯識、般若心経が解説されてあり、(道元は難しかったです)ひとつひとつ腑に落ちた。今も学び中。

 

 

「主に頼って救われる」というのではなく、

「毎日の勤行で救われる」のでもなく、

そのように頼らない、思考を放棄して到達する道なき道、クリシュナムルティの道こそ、私にはふさわしいと、出会って確信しました。

 

Kは自分が「世界教師」として据えられた教団を解散してしまいましたが、その後一生語った内容は、全人類の救済です。

宗教というなら、真の宗教だと思います。

宗教難民の私は、Kの言葉を読むことが喜びです。

Kの言葉でブログを埋めたい。




 

 

存続することの≪歴史≫

  • 2012.04.23 Monday
  • 22:27
秋田塚の下遺跡の捨て場から発掘された土偶1_~1.JPG秋田塚の下遺跡の捨て場から発掘された土偶
          
   

 

 

学校でならった歴史は、支配者の交代ばかりで、一向に面白くなかったが、

現在を照らすために、旧きをたずねるのは面白い。

 

とくに縄文時代が興味深く、最近では『縄文の思考』(小林達雄)という新書を読み、ネットでもいろいろ読んでみたが、その精神文化は、自然と、自然である人間と渾然一体だったようだ。

その動機は存続だ。

 

人類の進歩の道、進化してゆく動機は存続であり、DNA自体がそうなっているのだろう。

宗教的なものがあれば、それは存続のためのものであるし、願いがあり、感謝があり、恐怖があり、贖罪がある。

 

 

こうやって人類をさかのぼって、文字のないころの文明をトリップしていると、『一万年の旅路』もそうだが、その基本精神は「学ぶ」「工夫する」こと。

どうして「学ぶ」「工夫する」のかというならば、一族の「存続」のためという確固とした目的のためだ。

そもそもグレートジャーニーも、集団に増え過ぎた人類が集団を出て、生きのびるためだった。

 

存続―人類ひいては生物はそのいのちの存続を目的として、進化をとげながら生きつないで来た。

 

そうやって見た人間の歴史が、「存続」をその大きな動機としているのならば、「健康な個体で社会に適応し、外敵にたいしては守り抜く能力、困難を克服する工夫力と精神力、異性にアピールする外観、子供を少なからず生む生殖能力と育て上げる経済力がある」個体が、最強となる。

同時にそれにはみだす者=役に立たないもの―老人、障碍者、などははじかれる。

実際そのように役に立たない者は、集団からはなれてゆく―死という掟があった。

しかし、こういう考えかたって、なんかヒットラーを連想した。

 

歴史をさかのぼれば、生物には、その存続という動かざる動機が定理のようにある。

 

私の父母の時代でさえ、生きること―食うことに精一杯だった。

親たちが、食ってゆくことがそんなに大事で、何か自由のようなものを蹂躙されるのであれば、食ってゆかなくてもいいと啖呵を切ったこともある。なにかだいじなものがあって、それを蹂躙してしまうなら…と。

 

いまでも、昔はよかった、とはおもわない。

半世紀前は、地域社会で助け合い、神仏儒習合で、それがよい世界だと一向に思わなかった。

いやでいやでそこからぬけだすことばかり考えていた。

私が生まれて育ったのは、旧街道に並ぶ商家の住宅地だったが、小さな地域社会では均一化があたりまえ、はみだすことはダメ。目立つこと厳禁。

私は、もともとはみだしているのだから、抑圧して、正しく型にはまった「悪くない」一員を演じる。

「神仏儒習合」で、神仏にいのるのはわが身と家族の無病息災。

「地域社会で助け合い」のカゲで陰湿な悪口…

 

そこからぬけだせたときはうれしかった。都会の孤独のほうがよほどうれしかった。

 

歴史を渉猟していると、メインテーマは存続だが、それ以上ないのか?というおもいにとらわれる。

そんなに単一のことではないだろう。

 

存続をものともしない精神が存続の進化の雄であったこともあるだろうし、突然変異の種が人類に貢献しているケースもあっただろう。

生きのびるだけじゃない。

 

人間は、わが身の存続を問題とせず、弱者に手をさしのべ支え、差別にNOをいう―ゆえに霊的存在なんだろう。



 

≪芸術≫

  • 2012.04.15 Sunday
  • 23:04
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小さい時に親兄姉がたわむれにほめてくれたのが絵で。

学校でも図画の時間だけは楽しかった。

それで、「意外に私って絵のほうかもしれない」とおもったのですね。

 

芸術、この響き!

真実がここにあるかもしれない。

私を救済してくれるかもしれない。

 

そうやって私は絵なんだ、と思い込んでながいあいだ道具をかかえていた。

デッサンにはげみ、学校にも行きたかった。研究所に通い、師にもついた。

線を重ねてゆく手の運動は好きだったし、色彩は快楽だった。

 

しかしここは意外なことに、こてこての評価の世界だった。

描くという行為のなかに、評価が不即不離だった。

それがいやなら石器時代にいって洞窟に描くしかないだろう。

または、ゴッホのように描くしかない。

 

どうもわたしのいるところじゃない。

 

おまけに「私は芸術にかかわる特別な人間(!?)なんだ」という歪んだアイデンティティーをにぎっていたかもしれない。

そんなものはいつかは腐る。

 

 

絵を描く人はつねにモチーフ(題材)をさがしているもので、ある谷津の源流に降り立った時に、無数の木の枝が谷にかぶさっていた。

私はどの樹を中心にして、あの枝とその枝を残して…と考えている自分に気がついた。

なんて傲慢なことをしているんだ!

でも絵を描くってそういうことだよ、自然を世界を参考にして、自分の思うままに二次元に再構築するんだよ。

そのときもうこんなことはやめたとおもった。

すると私の立っている谷津がばら色の霧にみたされて、木々の枝枝が生き物のように息づき交差して、豊饒に満ちていた。

美がそこにあった。

 

それから「やめる」という七転八倒をした―ものすごく苦しみました―結果、『見る』ということを学んだ。

目の前に掛けていた大きなベールを落としたことは衝撃だった。

『見る』ということの革命だった。

 

やめてしまったけれど、得がたいたいへんな学びをもらった。

 

 

PCが世界を複製・描出するように、絵はその道具において世界を複製・描出する。

それは人間の脳を通ってくる世界で、その二次的な人工物に興味のある人が芸術をやり、私はナマ世界そのものに興味がある。

 

ほんとうに自然に圧倒されたひとが、絵をつづけられるものだろうか?






 

あこがれの《哲学》三昧

  • 2012.04.07 Saturday
  • 22:57
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哲学は、大学に入りたいと夢を描いていた時に、私がやりたかった学問だった。

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関心の的は今も昔も人間です。

 

相談した人は、「哲学は教授になるか、そうでなかったら食えないよ」といい、諸事情から何者かになることはすでに放棄してしまっていたし、とりあえず手に職と言い、食ってゆくことしか念頭にない親に言う前に取り下げた。

人間を学問するなんて、ものすごい贅沢におもえたものだ。

 

そのころは実存主義が猛威をふるっていて、サルトルやボーボアール、ハイデッガーなどめっぽうおもしろく、実存という結局は虚無的な思想にすっかり占拠された。

この世は不条理であることを知ったが、どんな出口もなかった。

のちにそれはニヒリズムの一種だったことが判った。

このころ出会った伴侶氏によると、私はひまさえあれば「キョム、キョム」とよく鳴いていたそうです。

 

若さの勢いで齧ったのだが、充分影響されました。まあベースもあったんでしょう。

ここから脱せたのは、地面に足をくっつけて生きること―つまり子供とともにいきることでした。

 

哲学はいまも興味はあるが、どんどん難しくなってもう手が出ませんし、人間と人間社会と世界を分解して微分積分してセオリーをみつけたところで、それがナニ?哲学が人類を救済したか?と、だいぶひねくれてしまっています。

 

 

我々人間は皆、夢中になれる何らかの玩具を持っている。

その玩具がある時は我々は平静でいられると考えている。

だが、学問や文学その他の知的活動に専念する時には、その玩具はただ心を夢中にさせるだけであって、心を真に平静にすることはできない

―― クリシュナムルティ

 




《心理学》の面白さ

  • 2012.03.27 Tuesday
  • 22:33
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心理学系の本は、まずは友人がくれた。

フロイドは読んだことはあったが、いま「リヴィドー」なんて言う人はいないし、主流ではないという人もいた。

 

その本は、二冊で、「アドラー心理学による家族勇気付けの心理学」とかいうハウツー本で、眼から鱗だった。

こんなダイレクトな道もあったのか!と。

 

私はまずは自分を救済しようと文学を読んでいたわけで、なかなかその答えがみつからなかったが、心理学は人間という存在を分析的にとらえようとしていた。そうだ、この道があった…

 

図書館の心理学コーナーで、面白そうな読めそうなものをチョイス。

始めてみる名前で翻訳ものばかり。

人間を腑分けし、なにか科学的ともいえる切り口で理解をめざし、ひいては人間の救済をめざしているが。

存在の歪みのようなもの―特に犯罪などは、生育―親に愛されたか(認められたか)という生育歴を問題にする。

おもしろかったが、じゃあそういう欠如はどうすればいいのか?まではかんがえられていない。

 

<ヴィクトール・フランクル>

よく読んだのは、フランクルで、文学的でもあり、『夜と霧』のなかで、「過酷な収容所で運よく生きのびられた人間は、どちらかというと、,修慮充造らそらして明るく振舞える人ではなく、∩杼力豊かなひとでもなく、ましてやがんばってしまう人でもない。それは、その現実をそのまま淡々と受け入れるひとだったということがいえる」、というくだりが印象深い。

収容所のみならず私たちの現実にも当てはまることだ。

 

『死と愛』は小さな字でびっしり書かれた学究的論文のようで、人間をこのように学問する小気味よさと重厚さを思い知った。

私はもともと学究的な人間ではないので、人間をこのように分析考察することを冷徹に感じ、やや違和感を生じた。

同時に、日本人にはあまりなじみのない粘り強い論理性に圧倒された…脳のつくりが違う…!?

まがりなりにも、人間を科学的というか分析的にアプローチできたことはよかった。

 

『それでも人生にイエスという』――絶滅収容所という人間を否定する施設を生き抜いた人が言う「それでも」は、迫力がちがう。

なにもできない(役に立たない)おばあさんは、ただそこに居るだけで価値があるという、そんなありのままを受容する「イエス」です。

 

 

 

人間が集積してきた心理的な知識は、脳を損ないつつあります。

ですから、フロイト派、ユング派、最近の心理学者、心理療法などはみな、脳の萎縮を助長していると言いうるのではないでしょうか?

すみません!攻撃するつもりはないのです。―中略―

私たちに求められているのは分析ではなく、直接的な知覚と、即座の行為なのではないでしょうか? 

――クリシュナムルティ The Ending of Time『時間の終焉』渡辺充訳



 

 

 

《文学》へのレクイエム

  • 2012.03.10 Saturday
  • 21:33
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ちいさいころから、「私のほうからなにかをしかけ、あきらめずに突進しなくては、あのくらい湿った座敷に腐ってゆくだけだ」という感覚があった。

兄や姉のお出かけについてゆくことは、死活問題だった。

 

姉はほんとうによく連れて行ってくれた。

演劇を趣味でやっていて演劇小屋にまでつれていってもらったこともある。ウラ若い女の子がちっちゃな妹をつれて、だ。

 

ある日こっそりでてゆくらしいというケシカラヌ雰囲気だったので、姉の履物をすばやく隠し、対処したと安堵したとき、「こっちこっち!」というなにやらはしゃぎながら共謀する声がし、母が別の履物を背中にかくし、勝手口からこっそり姉を逃がしているではないか。

姉だって一人で行く権利はある。

 

母は病でめったに出かけなかったが、近所の買い物には、私をつれていってくれた。

あとは暇で腐りかけ、本をひらくしかなかったからね。

本は二義的だという感じはあった。あくまでも現実の行動「リア充」こそ本当だけど。

 

次兄のプレゼントというのが毎月届く「全集もの」だった。

どちらかと言うと挿絵のほうに魅了されたものだが、本を開く習慣はおかげさまで。

 

中学で母が死に、なんら常識を身につけず、社会にほうりだされ、母が矢面にたってくれていたことを知った。

さて、どう行動すればいいのか、呆然として臆して、湿った畳にめりこんでしまいそうな時に、図書館で太宰治をみつけ、とりこになった。


人間の弱い部分を露悪的ともおもえるはしたなさで書いてくれていて、ぴったりと共感した、というよりも太宰が共感して泣いてくれた。


それから、図書館の本と言う本を読み漁った。

貧弱なわたしの現実にコンプレックスがあったが、本は救いだった。

 

社会人になっても濫読は続き、あげくのはてには、異端文学マルキドサドやロートレアモンにまで手を出していった。そのころ小学校からの親友が私から去っていった。

 


文学は私の人生だった。

人間の弱さ醜さ、愚かさ下らなさを描出し、このよの不条理をたたき出していた。


そうやって文学は人間の暗黒を描写して、どこかへもってゆく。

それは希望とよばれるものかもしれない。

私はその希望を信じて、人間とはけっきょくよいものであり、そのよいものを求めて何十年も生きてきたように思う。

なにか、文学にだまされた、という気もするが。

 

文学は人間の真の姿を描き、人間と言うものを深くほりさげ追体験させてくれた。

文学に感謝。

読む者は他者をおもいやる想像力を肥やし、豊かな経験の層をかさねることができる。

 

また、人間にたいする<希望>のようなものをよすがに、よきものを求めて倦まなかった。

そんな希望にひきずられたがゆえに、おおきな挫折にぶちあたったが、壁がなければその壁をこえることはできないよ。

 

いまは文学は一年に1冊読むか読まないか。

 

文学で一人を挙げるなら、グレアム・グリーン。人間存在の崇高なまでの複雑さを描いて、圧倒された。

 







 

ディスカッションの場で

  • 2010.10.01 Friday
  • 18:10
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とてもわかいころ、三島由紀夫研究会とかいう会合に友人と参加したことがあった。


新聞の文芸欄で募集し、都内のある会議室だったことしか憶えていないが、二・三十

人集まった人たちは、みんな我こそは三島ファンだという異様なふんいきだった。


痩せた傲慢そうな男の子が、なにかとても難しいことをえんえんと発言していたが、私

には意味がさっぱり理解できなかった。


ディスカッションの場というのは、はじめてだった。


友人はなにか発言していたが、私はひとことも発せずに終わってしまった。


私は授業でも指されると心臓がドキドキして声がふるえるのだから、発言できるわけ

がなかった。

 


それから私は機会をみつけ、発言する訓練をした。


なにもいわずに反論ばかり心の中でやっている自分が嫌だったからだ。


最初は体も声もふるえているのがわかった。


それは自主保育の役員会で、同じ境遇のお母さんたちのなかで、たいした発言でもな

いのにふるえているなあとおもったが言わないほうが恥ずかしいことだと自分に言って

はげました。

 


そんなことがうそのように、今はディスカッションの場で発言しすぎだ。


先日も、お座敷がかかって、ある会合にでて、しゃべりまくってしまった。


かえってきて、


「しまった!」とおもう。


なにも聞いていなかったからだ。

 

ディスカッションの場は、話す場ではあるが、やはり、おおいに聞くところだということを

わすれてしまった。



話してナンボ、でもある。自分に気がつくからね。


しかしこれからは聞いてナンボだよ。


「聞きの**」になりたい。


穏やかに質問ができ、相手の発言をうながせることのできる人間になりたい。







 

どこから来て、どこへ行くのか

  • 2010.03.07 Sunday
  • 22:09




「恐竜絶滅原因やはり小惑星―国際チームが結論 論争決着へ」35日朝日新聞一面にあった。

ずっと研究している人々がいるんだ。あたりまえか。

 

恐竜絶滅の原因は、火山の噴火とか食べつくしとか気候変動とか、そして小惑星衝突とかいろいろな説があった。

その時期の地層にある、小惑星がもたらしたといわれる希少金属イリジウムや変質した石英を、世界350地点でしらべ結論がだされた。

その結果、白亜紀末にあたる約6500万年前、その小惑星はユカタン半島にあるチチュリブ・クレーターに落ちたものという。

メキシコ湾はそのせいで出来たとか。

 

人類が繁栄する地球に、またこのような小惑星が衝突し、人類が絶滅するときがくるかもしれない。

つぎに繁栄し、宇宙の意思を推進してゆく生物はなにになるのだろう?

小惑星衝突による暗黒期も、7億年前の全球凍結期も、生き抜いてきたバクテリヤのような原始生物から、また進化の果てしない道をゆくのだろうか。

(実際、現在でも海底火山口の熱湯のなかでも生活しているバクテリアがいるそうだ。)

それとも、生き残る人類がいて、それを淘汰と試練にして、進化をすすめてゆくのだろうか?

ぜひ私たちがなかなか実現できないでいる、戦争や貧困のない、人間性のなかにエゴのない、暴力のない進化をしてほしいと願う。

生命をたどれば、原始地球に降り注いだ小惑星がもっていた「H₂O」に端をはっするという。

地上に落ちた隕石―小惑星の破片といわれる―を熱すると、水が抽出される。

 

私たちは、小惑星から来たのだ。

小惑星とは、宇宙空間に漂うチリのようなものとか。

 

生命は、小惑星の衝突でやってきて、小惑星の衝突で宇宙空間に散らばってゆく。

とてもうつくしい数学的な秩序のように思う。

 

 


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