20代のあなたへ―病気の不安、死の恐怖について。

  • 2013.07.13 Saturday
  • 22:30
 

 

のう胞腎の掲示板で、自分に遺伝した病をどうこうおもうことはないが、重大な病や死について考え、負のループに落ち込んでしまうと書いておられました。

そこに書き込もうかと書いてみたのですが、長くなってしまうしヘタクソな文章を公の掲示板に書き込むことも憚られるので、ここに書くことにします。

 

20代といえば、もっとも生命力が燃え盛っているときですから、死の恐怖も大きかった経験があります。生からのがれるすべとして、ぐでぐで自死を考えている―逃避―いっぽうでは死の恐怖に怯え、もし数秒後の死を宣告されたら気が狂うだろうとおもいました、平静ではいられないと。

 

健康体のひとでも少なからずある病気や死への不安、恐怖は、なにげに健康な日々が吹き飛ばしてしまうし、毎日毎時の健康な生をいかに回転させ燃やし続けることで日が暮れて、ぐっすりと眠ればまた体中に活力がみなぎってくる。そんなひびになかに病気や死の影は射したとしても蹴散らしてしまう。

それはもっとも幸福なことだと思う。わたしには恵まれなかったが。

あっと気がついたら死んでいたというのが理想かもしれません。

しかしやはりそれでは人間として生きた甲斐がない。

 

その点、病気を抱えていれば、病の重症化と死を考えることからのがれることはできないでしょう。そのことをながいあいだ不運と考えていましたが、何十年も生きてみると、そのこと―不治の病をもつことはむしろ幸運だったと、おもえるのです。

 

私は病弱で、さまざまな病の博物館で、そのなかで喘息は息ができなくなる病気なので、死は現実の姿をして隣にありました。

たとえて言えば、いっぽんの棒をころんと倒し、両端が生と死で、死の端っこから生=人生をながめることをしないわけにはいかない。

元気なひとには辛気臭いとかネガティブとかいわれましたが、つねに死とともに生があった。

死をおもわずにはいきてゆけなかった。

それは辛いというか苦しいことではありましたが、そのことが、よかったといまは思えます。

 

 

重大な死病から死をおもうと、不安と恐怖が襲ってきます。

しかし、それは、ほんとうでしょうか?

ほんとうに、そんなに怖いものでしょうか?

死を見ましたか?

そのひとは多大な苦痛と恐怖の中で死んでいったでしょうか?

そうではないと私の前で息をひきとった人人がおしえてくれました。

私にはむしろ安らぎという言葉のほうがふさわしいとおもいました。

 

恐怖というものはたしかにあります。

そこで私はクリシュナムルティの恐怖について書かれてあるものを、救いを求めるようにしてさがして読みました。

恐怖というのはありもしないものを恐れているのだ、恐怖は思考=エゴが自分の消滅を恐れてざわざわしているだけだ、というようなことが書かれてありました。

クリシュナムルティははっきりこうだとは言いません。言うと「そうだ」と思考が引き取ってしまい、またちがった回路ができて固定しまうからです。

クリシュナムルティは、見なさいといいます。

恐れているそこを見なさい。ただ見るのです。

たしかにわきあがる恐怖の姿をみれば、そのつど恐怖は消えていました。

 

ただ、「恐怖という真実のリアクションには意味があるはずだ」と思っていましたから、そうやって恐怖は無くなったからオーライではないだろう?と。

しかし、恐怖というものを見て、見てゆくにつれ、それはなんの意味も無いものだとはっきりわかりました。

恐怖などなくとも、ひとは叡智をもってうまれてきており、それがよいようにしてくれている、死もそのながれでおとずれるものだろう、と。

むしろ恐怖こそが、人を攻撃にかりたて、殺戮し、戦争するものです、とクリシュナムルティはつねに言っています。

恐怖はそれ自体なんら意味がないだけでなく、たいへんな暗黒につながるものなのです。

 

では、恐怖はなくそう、無くさねば、とおもうことまた、恐怖を増大させてしまうのです。思考というものは、そういうものだと、歴史がかたってもいます。

 

クリシュナムルティはただ、なにもなく―比較計量なく、ただ見なさいといっている。自分のこころの動きを、不安を恐怖を…。

それらは、意識されるだけで光が当たった幽霊のようにきえてゆくことは、体験済みの方もおられることでしょう。

 

勇敢な人というのは、恐怖をねじ伏せたひとではなく、恐怖が無い人でもなく、わいてくる恐怖を見つめ続けた人なのではないでしょうか。

 

「負のスパイラル」について

宇宙の霊的秩序が人を格別、死を恐れない知らないところの人間以外の種と区別してつくったわけはない。動物とおなじように安らかに死んでゆけるものなのに、思考=エゴは、自己の消滅を恐れて、ネガティヴ波動をだし、生体の健全な運行に障害すら与えるのです。

 

身体は心の影響を受けながら生命活動をしています。

不安や恐怖、ネガティブな思考は、身体を傷め、病気を惹起します。

はっきりそういえるのは、私自身が、やっとそういうネガティブ思考からぬけだしたとたん、腎臓病の数値は悪化してきているにもかかわらず、「とても体調がいい、元気です!」といえるほどになったからです。

ネガティブ思考からぬけだした、と書きましたが、それはウソです。ネガティブ思考を見ることができるということです。ネガ思考は後から後からやってきます、それをただ見ることです。見る=意識することによって消滅しますが、なかなか無くならないということも知ることになります。

 

死については、思考が勝手に“自己=思考自体の消滅“というドラマをおそれているのであって、思考及び肉体は終わるが、本来の”Being”―存在―意識―エネルギー、魂は、終わるようなものではないと私はおもうようになりました。

臨床医が「人は死なない」という本をだしましたね。人の死をまのあたりにしているひとの語るところを読んでみたいです。

 

 

重要なのは人生のゴールが何かではありません。自分の混乱を、みじめさ、恐怖を、そして他のすべてを理解することです。私たちは混乱を理解せずに、ただそれを取り除きたいと思うのです。――クリシュナムルティ

 

あやまちの連鎖

  • 2013.06.02 Sunday
  • 15:15
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**さん。

あなたがお母さんに手紙を書いているとききました。

いままでの不満を書き綴って、もう30枚になった、あとその倍はいきそうだと。自分の不幸は母に源流を発すると言っておられましたね。

 

認められなかったという、存在を肯定されなかったという痛み…、私もありました。

 

私も母のことを記事にしました。

やはり、だれにとっても親の存在は大きく重たいものです。

書くというのは、向き合うことでもあります。

そうやって客観的に見ることができるようになったということは、一歩前進です。
それまでは、盲目というか、もやに包んでいたい自分が事実をみようともしなかったのですから。
無意識から意識。
おおきな一歩です。

 

事実の酷さ、には、なにやらこころも挫けそうになりますが、それはしっかりベールをはがして見てよかったとおもいます。

 

 

私はすでに死んで50年の母に向き合い、ブログに書きました。

結果、母を告発するような按配になってしまったのですが、あなたもたぶん告発しているのだとおもいます。

母よ、あなたのせいだ、と。あなたに原因がある、と。

しかし、その母も、また母にそうされて、(あるいはされなくて)育ってきたのです。

そしてこの私も子どもに…。

連鎖です。

 

 

私は子育てをしてみて、いろんな問題が出来し、また世の中をみてみても、「どうして人間は、とびきり未熟な時期にこの大事な子育てをするようになっているのだろう?」と疑問におもったものでした。

20代、命の燃焼とともにエゴは燦燦と燃え盛り、またなにかと自信もついてきて身体も元気で行動もさえぎるものはすくない時期です。

これでは、愛し合って結婚した二人も、よく生きようとすればするほど互いに自分のエゴに執着しあい、反発しあい、抵抗して、不満をおもいきりふくらませて、未熟をおもいきりさらけだして生きなければならない時期、そんな時期に子どもを育てなければならないのです。
子育ては未熟だろうがなんだろうが待ったなしの使命です。責任です。

 

育てているときは、自分は完璧な母親なんて無理にきまっているし、「よい母親」さえできっこないとケツをまくって、ただその日暮らしをするのがせいいっぱいでした。

親は子どもの生存と成長によいことだけをさせたいとおもうものですが、ひょっとしたら、そうではないのかもしれない、とおもいました。

親の心情として、子の足元を照らし続けてやりたいものですが、むしろ、獅子のように崖下に突き落とすのが親の役目なのではないか?まあそこまでやらなくても、困難に直面し、自分でかんがえて乗り越える人間になってほしい。
それには親が、足元の石をとりのぞいてはいけないのではないか。

――それは理屈としてそうだろうが、やはり、ころばぬように石は取り除いてしまうのが人情。
せめて、なにか子どもに避けえない困難がやってきたときには、親がこらえることができるか、だ。と考えました。
親ができるのは、個々の困難に逃げず直面しよく見て、乗り越えようとしている子供を支えることなのではないだろうか?と考えていました。
まあそれらは理屈で、じっさい支えられたかどうか、わかりません。
私は「冷静にサポートして、」という親にはなれなかった―ことはたしかです。

 

私も、私が母にされたこと―存在の否定―を、まったく無意識に子にしてしまっていた。

たぶん母の母、その母と連綿とつづいてきたことだし、母という母が、こどもに存在の痛みを与え、住み着かせ、ペインボディになっている様相さえ見られる。

いっぽうではそうでないひともいて、車椅子に軽快に乗って活躍しておられる乙武さんは、“お母さんは、自分を全面肯定してくれた”と言っていました。

そういう親で育ったとしても、社会にでれば、さまざまな否定を身に浴びるわけで、乙武さんの最近の顔貌もこころなしか苦渋味が加味されたようなきがします。

 

エックハルト・トールは、障害になっているのは、個人的なこと以外にも、男性は「思考」が邪魔をし、女性は「女性の歴史的集合心理=ペインボディ」が巣食っている傾向がある、と書いていました。

 

 

なぜ、思い切り未熟な時期に子育てをするのか?

いま、やっと答えらしきものがでました。

そのように未熟な時期に子育てをするのは、された子にとって大きな障害だけど、それはやはり克服すべくあるということではないだろうか?

例えば、親には聡明に愛されて、兄弟仲良く、仕事も順調、人間関係も問題なし、身体も丈夫、ああ幸せだった!といったところで、その人生になんの意味があるのか?

 

障害、困難はこの世の必須条件ですが、それはチャンスにしうる、しなければもったいない。

親にかんする困難、それはまたとない身にぎりぎりの困難です。
なぜといって、自分の存在を否定されて育ったということは、考えられるかぎりこんなたいへんなこと(条件)はないといえるからです。

 

ここで注意しなければならないのは、「え?わたしはこどもを肯定していますよ」、という仮面親のことです。
本当はそうでないのに、認め肯定し受け入れていることを演じている親です。
親自身がそんなことはないとおもっていれば、子は、ウソの「肯定」あるいは条件付き「肯定」をつかませられていますから、二重に否定されているということです。

 

また、条件付肯定もやっかいです。
たとえば成績が良いとほめられ、それのみ認められると、本人もそれがアイデンティティになりますが、それは部分にすぎないので、本人のなかでも分離してしまいます。

 

 

子どもを育ててみて、親には責任というものがあまりに重いということがおおきな発見でした。
子はさずかり物であり預かり物なのです。
親の責任を果たそうとがんばれば、**ちゃん、そのままでOKだよなんて言ってられないのですから、親になったらさいご、子を「這えば立て、立てば歩め」学校にはいればよい成績、よき社会人にというのがスローガンなのです。

親は、あらゆる角度から、「そのままではいけない」とはげまし追い立てる存在なのです。

 

それでもやはり、**ちゃん、そのままで大好きだよ、といってくれるのも親しかいません。
なんとまあ、親は矛盾を絵に描いたようなそんざいではありませんか。

そんな理想的二刀流遣いの賢い親ではなく、私は間違いだらけの親でしかあれませんでした。

 

人間は間違えるいきものです。
自身の不満を愛する者に向けてしまう。

「親が間違えたのだ」と告発したとしても、「親」はその親がまちがったのです。またその親が…そんな連鎖を断ち切って、むしろ、あなたが気づきの手紙を書くことは一歩なのではないでしょうか。

ここでベールを剥がし、自分が知り、また親も知る機会が与えられます。

 

話はとびますが、

太古の壁画で、一人の人間に、50人以上の人間の矢を向けられているものがありました。
それは、人類が、部落をつくりその利益と統制のために法律(秩序)ができてきて、それを破った一人を全員が成敗するの図でした。
そのように人類は社会に住んで生きているのですから、その秩序は遵守し、法律を犯してはならないことは基本です。

それは、やはり、人間が間違える生き物だからです。

 

現世が人間が整然と正しくある(あるべき)なんてことは幻想にすぎません。
そしてこの現世に落とされた間違える生き物=人間がただしくあれるなんてありえない。

現世は間違えながらいきてゆく場なのだとおもうのです。

しかし現実は、「自分は正しい」という変に堅固な幻想から「自信」なるものをプロテクターに、幻想のスケールを片手に評価をくだし点数をつけながら、分離して生きています。

正しいと思っているならば、それはそうありたい幻想にすぎません。

 

話はそれますが、そんな間違いだらけの中にこそ、人間の美しさが、わたしにはみえるようになりました。

 

 

もし、子供が私を告発する手紙をくれたら、辛い文面だとおもうけど、子がそれに向き合ったことをまずは喜ぶでしょう。そして自分も。
向き合えて、知ることによってでしかそれを越えることはできないのです。

 

お書きになった手紙を、おわたしになることを、わたしはおすすめします。






「ひとを幸せになんかできないよ」

  • 2012.01.14 Saturday
  • 23:00
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このまえ、「(夫といえど)ひとを幸せになんかできないよ」とあなたに言って、これだけじゃな、もうすこしフォローが要ったなあと思った。

 

出会ったころ、あなたは、「(夫を)幸せにしてあげたいとおもった」と、ちょっと言った。
私も同じことをひそかにこころに誓ったヒトだったので、このとき友になったようなきがしたものです。

そんな私たちの話は、アナタに子供がいなかったからというよりも、伴侶といういちばん近しい人間関係を大切に思い、どうしても夫の話になりました。

相手は変えられないということは身に沁みてわかっていましたから、どう自分が変わるかということでしたね。
ずいぶん、これはだめだった、じゃああれで、と試行錯誤したものでした。
でもって、たがいの相方も幸せにしてやっているようにはみえませんでした。
むしろ自分の生き難さを相手のせいにしていました。

 

そうやって30年、幸せにしようということ自体がエゴだったことがやっとわかってきました。
自己中心にしか考えられない人間が、相手を幸せにするということは、自分の幸せ観と都合が最重要であり、ちっともあいての立場や気持ちさえ見ていなかったことに気がつきました。

 

クリシュナムルティが、「なる」ということは現状否定(という暴力)だということをいいますが、「…になろう、なりたい」と願えばエゴが発動し、「いま、そのまま」はおきざりです。
相手のいますら見ていない(うけいれていない)ものです。

つまり「幸せ」とは自分のしあわせであり、「…になる」ということを追い求めて現実は逃げてゆく、ちっとも現在を肯定していない―すくなくとも相手の―ということがわかってきたのです。

それで、ちと過激なあの言葉になったのでした。

 

あなたは、あのあと電話をくれて、あの私の言葉「幸せになんかできない…」で助かったのだといいました。

 

わたしの付け加えたかったのは、こんなことでした。

「よいひと」はもうやめようよ。

そうすれば、謙虚なあなたのもとめる「穏やかさ」が、後残りの人生にやってくるかもしれない。

それから、いくらだめだったとしても、「幸せにしたい」なんぞとおもうあなたはトモダチです。

 

まず、自分自身や他者を含む世界が自分の思いどおりになるなどと言う妄想から自由になるべきでしょう。それは、自分自身や他者を含む世界は「わたし」「わたしのもの」ではない、ということに自覚的になることでもあります。

―p62 羽矢辰夫『ゴータマ・ブッダのメッセージ』より




 

つらく悲しいとき、ひとはどうするでしょう?

  • 2011.12.26 Monday
  • 22:12
2009,12月 倒木2.jpg倒木

 

 Kaze

いつも、ブログの更新を楽しみにしております。もう7年の歳月です。

俗世界の、人間ありのままの生態にあくなき関心を寄せられて、いきいきとした精神生活がここにあって、興味深く読ませていただいております。
その中心を流れる哲学は、当初から勉強させていただいております。

 

アキハバラ事件の加藤被告のことは私もちょっと書いたこともありますが、やはりその母親との関係が興味の対象でした。
親に認められないそのありのままを肯定されないということのおおきな欠如はひとごとともおもえないところもありました。

 

…相手にわからせるには、攻撃的になにかをすることというパターンを母親がなし、息子の智大が刷り込まれて…とのご洞察は興味深く読みました。

努力しなければならないと思い込んで自らを叱咤しているような生き方をしていると、―私も母親として、夕食後勉強を教えなければと、けっきょく息子を傷つけました―どのようなことでも思考が優勢に行動をおこしてゆきます。

 

両親の会見で、母親が崩折れたのを「哀れ」とお書きでしたが、それを映像で見たとき、苦々しいとおもったのを憶えています。
そのような無意識の思考がさせた行動だと。
相手にわからせるには、なにかをすることというパターンがそこでも発現したのではないでしょうか?

 


ほんとうにつらく悲しくどうしようもない時、ひとはどうするでしょう?


となりの金さんの死に嘆くひとびとがいましたが、ほんとうに悲しかったら、アカラサマに泣くでしょうか?

 

一人で、報道陣に向かって会見し、謝っても償いきれませんと言っていた父親の姿が印象的でした。

 



 

 

いもうと へ

  • 2010.01.14 Thursday
  • 22:24

                                                                                      雹





Aさん

お手紙ありがとう。

 

私の体のほうは、じわじわと進行しています。「さいきんあたまがぼーっと」なんてならなきゃいいんですがね。

そのままをうけいれるしかないのですが、どうしても抵抗するのですね。

しかし、その抵抗も思う存分やったようで、そろそろ、ありのままをうけいれて、日々を送りたいとおもっております。

 

姑様との同居はたいへんですね。

私は同居したことがないし、私が姑にもなっていませんので、わかってさしあげられないことが多いと思いますが、古今東西たいへんなことだとおもいます。

あなたにも息子さんがおられるのでおわかりになるとおもいますが、母親にとって息子は恋人です。

私もかつては、かわいい息子の(架空の)嫁とは、「けっして仲好うやれんだろう」とおもっていました。

しかし、息子を好いてくれるなんてことがどんなにうれしいことか!その女(ひと)をかわゆくおもうことか!と、最近はおもうにいたりました。

 

しかしそうおもっても現実に顔をつきあわせていれば、どんな仲よしでも摩擦は起きようものだし、どちらかがわかっているほうがへこまなければならないでしょう。

別居ということもお考えになったようですが、あなたひとりできめられることではありませんしね。

 

姑様のことだけでなく、なにかと吐き出す必要が日々のくらしにはあります。

口に出してしまえば、気づくこともあり、そんな重要なことではなかったなぁとおもったりするものです。

 

後顧の憂いなく、愚痴をおもいっきり吐きだせる友人がいるといいですね。

なかなかそんな友はいませんが、まずこちらが、「そうだ、そうだよ」と愚痴をきいてあげることからはじまるとおもいます。

自分がしてほしいように、相手にしてやるということ。…なにか聖書にありましたね。

自分がしてほしいように相手にしてやるということひとつ、なかなかできないもんだと、つねづねかんじることではあるのですが。

 

そういったかかわりあうすべての人間との関係こそ人生だし、また、人を成長させてくれるものです、ごまかしたり、逃げたりしなければ。

 

お返事がずいぶんおそくなりました。

私はなんでも時間がかかるようです。

 

それでは、また。

あなたのことは、いつもきにしていますよ。

 





                                     


自称イノシシさんへ

  • 2009.12.01 Tuesday
  • 15:42
 

 

 

こころの底からの暖かいきもちで、なにかを精一杯して、それがむしろうまくなかった

…ということは、もうかぎりないくらいありましたし、なぜそうなるのか、人生後半の謎でありました。

 

あなたは賢明なかたですから、すでに答えをだしておられるとおもいますが、

「こころの底からの暖かいきもちで、なにかを精一杯して、それがむしろうまく」いく、とかんがえた私のほうが甘いのでしょうね。

 

世間では、「出る杭は打たれる」といいますが、私は「出る杭」が好きです。打つなら打てばいいのです。

 

 

あなたは、自分の行為が傷をつけ、誤解をまねいてしまったと責めておられます。

「誤解」に関しては、今回のことで「誤解」をしたのではありません。お付き合いをはじめてから、個人的にかんじてきたことなので、あなたに因をはっするものではないのです。あなたに責はありません。

これが、まずお伝えしたかったことです。

 

 

また、私のことで、あやまらねばならないことがあります。

私が、あちらを断って、こちらをえらんだのです。なのに、あなたに、愚痴をいってしまいました。反省しています。あなたにこころをゆるしっぱなしだとはいえ、はずかしいことです。ごめんなさい。

 

 

あらゆることが、こんな場面で、ある側面(たぶん真実)をみせてくるということでしょう、私も含めて。

 

それがどんなであれ、私は歓迎することにしました。

 

そんな「傷」をもふくんで関係はながれてゆき、さまざまな相を、結晶をみせてゆくのだとおもっています。

 

 

…ということを考えました。

 

 

聡明なあなたは、こんなことは、承知とはおもいますし,

私などと比べようもないくらい強いあなたのことですから、まさに、老婆心にちがいありませんが、ひとこと、あなたに、いまも変わりない限りない感謝と親愛をお伝えしたかったのです。

 

 

                                        アラカンのイノシシより

 

 

 

春に菫を咲かせる力のように

  • 2009.11.26 Thursday
  • 22:12
 

わたしの、

かけがいのない友

どうか、病に打ち勝って

また、清らかなお話をしてください

 

思いが力になって

あなたにとどけ

 







Come - and Listen...

  • 2006.05.10 Wednesday
  • 23:12

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