運命のせいにするな

  • 2016.05.17 Tuesday
  • 08:51
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先日『フィクサー』というむかしの映画をみて、これは昔見たときは筋からしてよくわからなかった。あまりわからせようとしていない映画だが、人物の存在感―その孤独や焦燥、弱さや一瞬の輝きがあって、「映画を観た」という感触でした。
強がっている人間の弱さや、どうしようもないクズ人間の哀れを、一つ一つのショットでみせていた。
話は、農薬会社がその毒性を隠して癌を多発させて訴訟をおこされ、被告側の担当弁護士が真相に(真心に)きづき…ストーリーはそのように進んでゆく。
主人公の男は、その担当弁護士の親友で、フィクサーといわれる裏取引きの掃除屋である。強くもない賭けポーカーをやめることができない。生活破綻者の弟の尻拭い(負債)をしなければならない。元妻は再婚して一人息子は新しい父親のもとでけなげに生きるしかなく…
そのなかで、主人公の男がちいさな息子に言う…
「自分のうまく行かないことを、運命のせいにするな」と。
息子はうなづいて、なにか誇らしげな表情をする。
わたし自身にいわれたようだった。
うまくいかないことを相手のせい社会のせいにしてうらみをつのらせているひとたちもいる。暴力で解決しようとする世界は、ウラミを手放すことなく煮詰めて報復する世界だ。私は運命のせい、病気のせいにしている。
 うまくいかないことは、いわば人の生に下された課題だ。それをうけとめて、すこしでも進化するようにとの。
 
「父よ、御心なら、どうかこの杯(磔での死)をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思うとおりではなく、御心のままになされますように。」 ――ルカによる福音書
 
 

映画<父帰る>

  • 2010.12.29 Wednesday
  • 22:25


アメリカ映画「レスラー」は、まずはハンディカメラがレスラーの背中を追い、見るものは、この男の顔を見たいとおもいながらついてゆき、そうやって男の人生を見ることになってしまう。
してやられた導入部だった。アンチ知性をえがく監督(
ダーレン・アロノフスキー)は知性派だ。

 

このように、印象深いシーンがあり、なにか不思議な体験をしたもののようなきがする。

映画でも絵画、音楽、文学さえも、それを受け取るもののなかに初めて取り込まれるようではあるが、ほんとうは、受け取る側にすでにあって生まれていないもの、形になっていないものを、確認することのようなきがする。
なぜなら、まったく私のなかに無いものには反応できないと思う。

 

そのようなことをおもわされる映画に、ロシア映画「父帰る」がある。

説明を極力おさえ、シーンのつみかさねでつくっているような、おもわせぶりな映像はあまり好まないのだが、意味分からんといいながら観てしまい、心にしみる映像があった。

 

「父帰る」は12年も出稼ぎしていた父が帰って、父親としての教育をと、二人の子供を釣りにつれてゆく。車に乗せて湖につき、ボートで島にわたりキャンプ(野宿)するのだけれど、下の子は、父が父ともおもえずに終始反発している。父のほうは父であることをおこなっているだけに強圧的になっている。

それが招いてしまう悲劇がおこる。


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ロシアの山にかこまれた湖、雨、湖、ボート、雲…そして父親の存在感…映像がこころの底に沈んでいる。

 

父親(コンスタンチン・ラヴロネンコの肉体感ともいえるずっしりとした存在感が怖いくらいだった(ロシア的?)。

「レスラー」もそうだが、いろんな意味で肉体感とでもいうものがものを言う

 

当たり前のことを言うようだが、TVはあたりまえの世界だ。

役(キャラクター)が決まっていて、空気を読めといい、笑顔が氾濫し、いわゆる全体的な常識の範囲で流しているし、価値観が最大公約数であり、そうでなければならないだろう。そのぎりぎりではずしてみては、くすぐっている。

現実の社会生活の日常そのものか。というか、日常生活のおまつりだ。

映画は、そうではない。アウトローの世界であり、片隅の物、ちいさな者をとりあげて、私などアウトサイダーが普通に息ができる世界なのですね。

 



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映画<レスラー>

  • 2010.12.27 Monday
  • 23:00

 

人気者だったプロレスラーの20年後の姿を描いている。

 

父はプロレスが大好きだった。

買ったばかりのTVで、よく見ていた。私はそういう格闘技というものを理解せず、殴り合って血を出している画面をおぞましくおもっていたし、そんなものを楽しげにみている父を軽蔑していた。私はなんの関心もなかったが、TVは一台なのでついついみてしまった。なんで力道山はいつも勝つのか不思議だった。

「あれはショーなんだよ、力道山が言ってるんだから間違いない」とよく言っていたが、勝敗のきまった作り物ならなおさらおぞましかった。なんでこんなものをみるのかわからなかった。

父の友達の家に海水浴で泊まったときに、その家のばあちゃんはTVの前にはりついてプロレスを見ていた。男だけがみるのではなかった。

 

悪役ブラッシーは、とてもすごみがあって、興味ない者にすら憎くたらしくおもわせた、いまもおぼえている体をはったすごい役者だった。(けっこう知ってるんだ)

映画<レスラー>で、そのブラッシーに似て金髪を長くたらした善玉役がミッキー・ローク演じるランディだ。

スーパーでアルバイトをしながら、トレーラーハウスに一人で住み、ときどき試合をしているが、もう歳で、体は大量の薬で維持している。



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楽屋で試合前に打ち合わせ、どんな道具を使い、どのように戦い、どちらが善玉悪玉を決め、どちらが勝つか決めていた。まさに父が(力道山が)いうとおりショーなのだった。

血まみれの格闘演劇だ。

よのなかにはこのようなショーを好む人がいるんだ。

 

台本で勝敗が決まったショーとはいえ激しい格闘技を演じなければならないランディは、

試合前は尻にステロイドを注射して昂揚させてリングにのぼり、血まみれになる。

終わった後はぼろぼろだ。

 

 

若かったミッキー・ロークという俳優をみたときに、私は映像でもこんなひとには会いたくないとおもった。見てしまった(たしか「ナインハーフ」)けどウソだったとおもいたいような、確定的に生理的忌避感をもよおした。

そのひとが、年をとってうらぶれたレスラーという肉体労働者を演じていたのだが、おもかげはあるもののすっかり変わっていた。整形したとかいわれているが、あのわかいころの厭らしさ(スケコマシ的?)はなく、むしろ醜悪な肉のかたまりのような顔をして、体温や臭いのある人間として動き、たしかな存在感があった。

 

ランディは、試合後に心臓発作を起こしてバイパス手術をほどこされ、もはや限界をいやおう無く感じたので、なじみのストリッパ−に「身を固め」ようとアプローチしてみるが、彼女にとって彼はちょっと気にする客であり、それ以上ではなかった。

小さいころに捨てた娘にも会いに行き、やりなおそうとするが、つまらないことで約束をすっぽかしてしまい、娘に絶交されてしまう。

娘は娘で、ストリッパーはストリッパーで、レスラーはレスラーで、

そんなどうしようもない、ぐだぐだとした現実を生きている。

つまらない泥沼。ひえびえとした孤独。

そんなところで、もそもそと生きてゆくレスラーの姿。

それが、心に沁みた。

そんなもんだよね、人生って。

 

最後のリングで「もう俺も歳だ…」とアナウンスする、そして彼は結論をだす。

見終わった後いつまでも、あのランディの背中が目に浮かぶ、忘れられない。なんでだろう?

 

私(たち)は、なにかと事実から目をそむけ、とりつくろって生きている。

ランディは虚名と没落、知性のないぼろぼろの人生だったかもしれないが、とりつくろいもせず本当のことをいい、ウソもなく、だめはだめであるきつづけ、血まみれの肉体労働をしつづける。それらがそのまま肯定されている。

レスラーのダウンジャケットの背中は「そうなんだ、ただそれだけさ」といっている。

人生を受け入れているとき、人はせつなくもいとおしい。


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善き人のためのソナタ

  • 2010.07.04 Sunday
  • 22:37
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東西ドイツに分断されていたころの、東の話。


シュタ−ジ(東ドイツ国家保安省)が主導する、監視人10万人、密告者20万人という、監

視社会のなかで、
社会主義の存続のために盾と剣になるという建前の下、密告や、盗

聴、監視、投獄などが、あたりまえにおこなわれる社会。

そのなかで体制側の人間は、ただ保身と昇進の野心で魂などとっくになくしている。


東にいるというだけで、体制に反対することは、生きてゆけないことであり、劇作家ドライ

マンはそこをぎりぎりわたっている。

その愛人である女優クリスタを、シュタージの大臣は目を懸けて、劇作家を貶めるがた

めに、盗聴装置をはりめぐらさせる。

それを聞きとり、タイプすることになったのが、尋問の厳しさ、巧みさできわだつ主人公

ヴィースラー大尉
だった。

 

ヴィースラーは、“忠実に”任務を遂行してゆく。

あるときは、(生きてゆくために密会して)大臣の車からおりてくるクリスタを、こよなく愛し

ているドライマンにみせよ
うとして、意地悪くベルを鳴らして玄関に誘導する。

しかし、ドライマンは、クリスタの苦しむ様子にただの一言もいわずにだきしめるのだ。

その一切を盗聴で“見た”ときから、ヴィースラーは変わってゆく。

 

一方、劇作家ドライマンの友人である反体制の演出家が、権利剥奪されて7年、ついに

自殺をしてしまう。

そこからドライマンと仲間は、西に、その自殺と東の現状をうったえるために、秘密裏に

奔走する。

危ない橋をわたって、その記事は、西の雑誌に掲載されることとなる。

それらのすべては、ヴィースラーに盗聴されていたにもかかわらず。

 

東の実情がなぜか洩れてしまったことを知ったシュタ-ジの大臣は、その証拠固めに、

クリスタを
ヴィースラーに尋問させる

クリスタはあっさり証拠のタイプライターの隠し場所を吐いてしまう。

 

結局吐いたところにタイプは無かった。

罪を悔いたクリスタは自殺のように車にひかれてしまう。

 

ヘマをしたヴィースラーは、郵便物を検閲するための開封係20年の処分をうけた。

そして数年後の198911月9日、“壁”がこわさる。

 

ドライマンは、聞く…

「なぜ私を監視しなかったのか?」と

大臣だった男はいう、

「完全監視だった。24時間つつぬけだったさ。」

 

不審に思ったドライマンはその監視書類をしらべるうちに、

自分たちが、ヴィースラーによる偽の報告書によってかばわれていたことを知った。

証拠のタイプライターが隠した場所になかったわけも。

 

そしてドライマンがしたことは…。

 

 

あんな風に人間の悪の部分を利用して、保持してゆく政府は、人間性をどろに捨て、ど

ろをぬるものだ。

そんななか、人間を信じていった劇作家ドライマンは、それを盗聴する男ヴィースラー

を変えていった。

女優の美しさ、ブレヒトの詩、芸術家という存在のそのものも…

 

ヴィースラーの盗聴の耳に、ピアノ曲がながれてくる…

自殺した演出家の作った<善き人のためのソナタ>をドライマンが弾いている。

「レーニンはベートーベンの<熱情>を禁じた。革命が遂行されなくなるからだ。」

「<善き人のためのソナタ>、これを聞く人は悪ができなくなる…」

このソナタが、おもたく沈む。

 

音楽がすばらしかった。

ガブリエル・ヤレド。「イングリシュペイシェント」の音楽もそうだった。

音楽の力。

 

本を書きあげた人だけがすることができる献辞というものをつかって、見事な脚本(楽し

める、感動する)を書いた人は、フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。監督も。

 

クリスタを演じた女優は当時45才、<天井桟敷の人々>のガランスを演じた女優も40

代だったという。

成熟した文化は成熟した女の美しさを熟知している。

 

いつかはわかってくれる時…来ないことがあり、くることもある。

わかってくれなくてもいい。

なぜならば、人間として生きることができたから。

 

そんなかんたんにひとが変わるか?とも思ったが、<信じよう>というメッセージを映画

から受け取りました
 


久々に映画で感動しました。みごたえのある映画でした。

機会がありましたらどうぞ。ぜひおすすめします。


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映画<わたしの中のあなた(My Sister's Keeper)>

  • 2010.05.18 Tuesday
  • 17:33
(注)ストーリー記述あり。サスペンス的な展開もあるので、これからご覧になりたい方などは、ご注意!

 






姉の病気のために、さまざまな部分の移植を目的として、受精卵の遺伝子操作をし、人

工的につくった妹。

 

臍帯血からはじまって幹細胞、骨髄液、そして今度は腎臓を求められている。

そこで妹は弁護士を雇い、腎臓ひとつでは人生が制限されると、両親を訴える。

しかし、話はおもわぬ方向へ展開する。

 

■この映画は、さりげなく、登場する人びとのそれぞれの命を、あたたかい理解をもって

描いている。

消防士の父、娘を事故で亡くした裁判官、てんかんの発作がある弁護士、かまわれな

い孤独の弟、それらのわき
役が淡々と描かれている。

衒いもなく結論も言わないこういう描き方は、私はすきだなあ。

 

■私がこの映像で、共感した箇所は、病気の姉―移植を受けるほう―だ。

自分の病が、周囲にもたらしたこと――つまり母を仕事(弁護士)から奪い、母を父から

奪い、
母を弟と妹からうばい、普通の家族の幸福を奪ったこと。

そのことに涙する姉のやるせない気持ちが、私にはわかった。

 

そして、あらゆる手立てをつくしても、辛い体、「もう生きたくない」と。

さまざまな臓器移植をうけ、いわば腕ずくで生かされている姉。

こんどは、腎臓移植をしなければ、生きてゆけない。

 

姉は、辛い闘病のなかで、同病のボーイフレンドができ、一時の生の輝きがあった。

が、かれは亡くなってしまい、一本の糸のような生きる意欲をうしなってしまう。

「もう、いい」と。

 

 ■しかし、周囲はそれをわかっていない。わかりたくない。

「だいじょうぶ、腎移植をすれば、生きられるよ、

「死ぬなんて考えないで。がんばるのよ!

 

とくに、キャメロン・ディアスが演ずる母は、「死なせるものか」と、烈しく頑張っている。

その心情は痛いほどわかる。母親というのは子を産みはぐくむことに全てを懸ける。

子の死というものは、母の全存在をうちのめし、くつがえす。

あきらめるなどという選択肢などない。

 

ときおり報道で見聞きする海外での心臓移植。

その道を医師から示されれば、何千万という資金を、募金などで集める親のこころ。

子育てに、「あきらめる」という言葉などありようはずがないのだ。




 

 ■姉を、わかっていたのは、弟であり妹であった。

妹の訴訟は、腎臓移植などされて、生を伸ばされたくない姉が、秘密に妹にたのんだこ

とだった。

 

てだてを断って、死におもむく…ということは、どういうことなんだろうか?

 

移植を断るというのは、「自然な」ことなのだろうか。

 

それは、私がその場になってみなければわからないことだろう。

 

妹の、真剣な顔というものが印象的だった。

11才の女の子でもあんなまなざしをするのだなぁ

 

 

■母が、病気の娘に抱かれてねむる場面があった。

周りが、その死にゆくことを受容した、静けさ、沈黙というもの。

そうやって、

彼女の病気は、むしろ、なにかとても大切な得難いものを、家族にもたらしたもののようだった。

 

■死は、無になることではない。

 

映画の冒頭に、「天空をただよう魂が、宿る肉体をさがして…」というナレーションがあった…。

 

最初と最後にある、海の映像が荒々しく圧倒する。

生と、また死のようでもある。



■その夜…

私は、高層ビルの屋上から、ビニールのマットに空気をいれて、その上に(アラビアンナ

イトのように)すわって、ふ
わふわとおちてゆき、ビーチの波に着地した。

…という、卑小な自分サイズの夢をみた。

空を飛べて、海に浮かぶことができて、幸福感あり。

目がさめて、ビニールマットは、ふわふわ落ちるか?という疑問がまじでやってきて、地

球には重力というものがあ
り、人間の重量がのったら反転するだろう、という結論に達す

るまで、けっこうかかった。





 

 

アニメ「鉄コン筋クリート」

  • 2010.01.10 Sunday
  • 21:58
 

 

 

チャンネルスキャンしていて飛び込んできた映像にしっかりつかまれてしまった。

とてもおもしろかった

なにがよかったかといって、背景画の素晴らしさ。

ストーリーは町の開発にともなう悪玉の暗躍と、親のない子供たちの攻防で、あまりあたらしいとはいえず、わりと古風な人情の世界とステレオタイプな悪玉が、レトロな雰囲気ではある。

アニメに欠かせない「飛ぶ」寓意、ここでは主人公の子供ふたりが飛べる(といっても超ジャンプくらい)設定になっている。

親のないふたりはけなげに生きているのだが、ひとりはクロといい、暴力、もうひとりはシロといい無垢の象徴としてえがかれている

 

ビデオにとった私は、あまりの背景画のすばらしさに、背景だけもういちど拝見することにした。

近過去、開発がじわじわやってくる町。その町の意匠が、じつに素晴らしい。

インド、カンボジア、香港、中国、アメリカ、そしてコテコテの日本の(下町)文化がごったまぜになっていて、ものすごく楽しかった。そーだよなあ、なにもきめることはないよなぁ

こんな枠をとりはらったじゆうな仕事はうれしい。

緻密で細部にこだわり、質感が描き抜かれている。

それらの仕事が「とてもおもしろがってやっているように」伝わってくるのだ。

アニメというウソの世界に、否応ない現実感をもたせる背景画。

反面、種を植えたリンゴの木の幻想や、クロの悪の化身「イタチ」幻想や、それらの幻想は水彩でさらさら描かれていて、それもうつくしい

 

風景画だけでなく、人物のほうも、その体と顔の表情で、内面をあらわして遜色ない。アニメは内面をこんなにあらわせるんだなあ

 

シロという11歳で、数が10までしか数えられない男の子が、とても不思議なキャラクターで、いつまでもこころに残った。

町の街路で、洟をすすり腰につけたトイレットペーパーでぬぐう、ぬぐいきれない…とか、横断歩道を歩きながら「おっぱいぼよ〜〜ん」と欠伸る…なんか、独創的なキャラクター。

彼は、「地球星」から何者かと交信する「シロ隊員」でもある、それがふしぎに「ごっこ遊び」だけでなく本当のことのようにもおもえてくるのだった。

暴力のしみこんだクロがいきてゆけるのはシロがいるからであり、また、シロの面倒をみることになるサワダという東大出の「不感症」の刑事をも変えてゆく。

この社会で、なんら生きるすべをもたない無力な存在に、神は交信する。

 

「鉄コン筋クリート」

へんな題、そもそもアニメなんかと、偏見をもって、遠ざけていた枠を取り払ってくれた。

ひとが、みずからを解き放ってする仕事は、みるものも自由の戸口に立たせ、解き放つ。

そんないい仕事にこれからも出会うには、私がじぶんではめた枠をとりはずして…。





         




 

映画は10分

  • 2009.09.01 Tuesday
  • 19:44
センニンソウ
 

 

 

「「剣岳」よかったよ!観に行くよね、一緒にいってあげるから、二度観てもいいから。」

 

映画館にはひとりで行けないとおもっている友よ

私は映画館にはひとりで行った方が多いのだ。

 

マイナーな映画が好きで、神田神保町の岩波ホールまで、よく行ったものだが、すでにそんな余剰体力はなくなっている。まあ、人生そのものが思いっきりマイナーだし、それなりに面白くもあるので、映画館からは脚が遠のいた。家にいてもTVで映画はみられるし。当然メジャーな映画が多いが…あ、いえ、もうそれでじゅうぶんでございます。

映画はTVで。というわけで、

録画したり、たまたま途中からみたりしている―

 

先日たまたま「あなただけ今晩は」というなんだかよくわからない題名の、昔のハリウッド映画を途中から最後まで観た。面白かった。ジャック・レモンはじめシャーリー・マクレーン、そのほか脇役の役者がよかったし、なにより映画として楽しませ精神にあふれている。娼婦も肯定、ヒモも肯定、悪役、ウソツキ、いいじゃないか!ユーモアが成立するのは、すべてを肯定した土台でなんだなあと、感じました。最後のほうは、河の中から出現する「モノ」で超現実抱腹絶倒ハッピーエンドでした。

 

また、先日録画しておいた「硫黄島からの手紙」をみた。戦争ものがきらいなくせに観た.。
クリント・東森の監督で評判よし。

アメリカ軍も日本軍も「同じ」というスタンスは新しさをかんじさせたが、手紙の意味も不発で、戦争の意味も無意味も伝わって来なかった。

 

…なのに全部観ちまった。栗林がなんなの?どうするの?と見続けたが、けっきょく天皇陛下バンザイ、武人として介錯たのむ式の司令官。パン屋の一兵卒くんがコマ回し。フツーの人間解釈。それにしてもなにが言いたいのかもわからんかった。本土に迫ろうとする敵をすこしでも遅らせるために戦うというが、あんな食料も水も不足し装備もなく、事実上「棄兵」された状況で、戦いではない。
そんななかでも大義名分を言い続ける、戦前の教育ってすごいもんだったのだなあ。

 

同じような状況で、南方戦線で、部隊全員を無事投降させて、みずからは死をえらんだ隊長がいたことを、本で読んだことを思い出した。こっちを映画にしてほしい。

 

 

 

 

夢をみていたいときもある

  • 2006.07.19 Wednesday
  • 08:58

映画「イングリシュ ペイシェント」を見て、

芸術というのは混沌の世界からなにを取り出すのか、そしてどう再構成するか、それを極上の味わいに仕上げるのが総合芸術の映画なのだ、ということを思う。
・・・・・ 飛行 砂漠 風紋 砂嵐 洞窟 壁画 泳ぐひと 水彩 風呂 顔に受ける雨 庭のプラム ケーキの匂い 歌 肩甲骨 女の咽喉から胸 綱での浮遊 導くともし火 ゆびぬき 赤と緑のかんしゃく玉 親指を髭剃りナイフで切り落とされる ヘロドトス 言葉 ・・・・・
      
感覚的。
知的ユーモアのある会話
       
ストーリーは縦横に表糸、裏糸がクロスしてあまりに面白く!まさしく作り物の匂いだ!

キャサリンは充分おとなのおんなの魅力をたたえているが、内的な葛藤の表現がすこし不満だ。
ハナもとても素朴で可愛らしいが、女の心理にはがゆくも到達しない。
男が作る恋愛映画はロマンチックで綺麗だよなあ。

4回酔った。



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