それなりに生きる

  • 2010.12.13 Monday
  • 23:47
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私の腎臓だけでなく肝臓にもブドウのようにのう胞ができていて、脳にあると瘤が破裂したら出血するらしいが、さいわい脳にはなく、三倍にふくらんだ腎臓×2と肝臓にのう胞にもかかわらず外見にはあまりめだたない。

とはいえ右の腎臓と肝臓あたりがかがむともこもこして「あるな」ということがわかる。

最近は「ふくらんだな」という感触。

オリジナル怪獣で「のう胞ブドウザウルス」とか想像してみる、怖いというかお笑い系かも。

 

寝てばかりいてなにもできないとか、なんだか寝るために生きているとか思ったりもする。


ゲゲゲの水木しげるさんはよく寝るというが、おきているうちは才能にあふれた仕事をする。

「若い人がもうけようとおもってでてくるけどたいへんなんだ。才能がなきゃだめなのよ」と言っていたが、単純明快、気持ちいいくらいそのとおりでしょう。ないところでは努力すらできないとおもう。


つまり、ヒトはそれなりに生きればいいのじゃないでしょうか。




できることをしていけばいい

  • 2010.12.10 Friday
  • 22:33
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疲れが、確実になってきた。

 

小学校で、青白い顔をしておとなしく、体操もせず遊びもしない子がいたものだが、私はそんな子を理解していなかった。

武者小路実篤が、「ほんとうにいやな人間は元気の無いやつだ、疲れたらやすめばいい」ということを書いていたのに同感し、私はほんとにきらいだった。

それは、母が腎臓でいつも疲れ、憂鬱にけむり、はじかれていたことの、むいしきのはらいせだったからかもしれない。

いまの私は、まったくそのまんまになっている。母のように、その青白い子のように。

この宿命を抱えていたが故の、注視と厭悪だったのかもしれない。

 

人生のレヴェルダウンをしなければならない。

断捨離というのはみのまわりのものの整理のことをいうらしいが、断ったり、捨てたり、離れたりすることは、こんな体でもできる、というか、しなければならない。

そのへんで、いちいち落ち込むのだが、低値でリセットはしなければならない。

 

「そのまんま、できることをしていきていけばいいんだよ」

伴侶の言葉で、私の人生に血流がよみがえる。




だから、勇気をだせ

  • 2010.10.21 Thursday
  • 18:24
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本日定期検診。


数値は律儀に悪くなっているが、体とはふしぎなもので、それなりに順応してゆく。


受け入れてしまえば、いまここのありようは、ありがたい。


眠れること、制限あってもたべられること、シゴトができること、歳をとってゆくこと、それ

らは在り難いことなのだとうけとめている。

 


このところ、むしろよくなっているので、数値も横ばいか、よくなっているかなと期待した

が、まあなんと順調におちていること!

 


しかし、ふしぎなことがおこっている。


「三歩歩きましょう。そして一緒にこしかけて。」とうたってくれた詩人の友がいるが、ず

いぶん歩けるようになった。

散歩はできないが、買い物とか、二三軒くらいならハシゴができるようになった。

 


私は私の力で、こうやって生きているとはおもっていないと同様に、私のちからで、こう

やって改善しているとはおもわない。

 


みえないエネルギーは、たしかに届いている。

 



長田弘さんの「記憶のつくり方」のなかに、「自省録」のマルクス・アウレーリウスの言葉

があった。




「ここで生きているとすれば、もうよく慣れていることだ。またよそへゆくとすれば、それは

きみののぞむままだ。また死ぬとすれば、きみの使命を終えたわけだ。そのほかに何も

ない。だから、勇気をだせ」









 

セ・ラ・ヴィ

  • 2010.09.23 Thursday
  • 09:38
2008,9月 nogiku.jpg

 

 

このところ、故障が続いている。


10年以上がんばってパンをやいてくれたホームベーカリーが、こげるようになったの

で、もうそろそろ限界かとおもい、最新型に買い替えた。


それが不調で、買ったところに電話をすると「不良品ということが証明されなければ返

品不可」ということだったので、修理に出し、一ヶ月たってかえってきたが、それでも

なおらないので再度電話すると、やっと返品うけつけてくれた。


これは、予想外に長引いたストレスだった。


食べられない失敗パンの冥福をいのり、食べられなかった私の腹をなだめ、こちらの

都合でクレーマーしてるんだろうとおもっている担当者とのやりとり・・・・

 


それも一段落したら、こんどはパソコンが壊れ、二度息子のところまで送って三度目

には思い切って新品を組み立てて、設定してもらった。


パソコンがないと不便だ。さみしい。なければそれなりにやってゆくだろうが、パソコン

で考える習慣ができていて、私たちの生活にかなり深くしみこんでいることがわかった。

 


そして、こんどは電気温水器が、沸かなくなった。


修理に来てくれた人が言うには、井戸水が原因で、これでは温水器ヒーターの寿命も

短くなりますとのことだったが、しかたがない。


つくづくこのヤマに、ムリヤリすんでいるんだなあとおもった。

 


そんなこんなで、いつもはあたりまえのようにすごしてきた「無事」な日々を、みなお

すことができた。

 

 

故障して、いったいなにがいちばんこまるだろう?


パソコン、水、電気、家、身体?

 

どれも困るが。


私のからだが既に故障品で、なおらないままつかっているし。


故障しないものはないよ。

 


私たちは快適に過ごそうと日々生活しているが、


しかし、故障を孕んでいて、 あやうい土台の上にあやうい存在が、生きている。


それがまたけっこうしたたかに生きていて、そして、また儚い。

 



「男爵様、お髭
(付け髭)が曲がっています。


「アンヌよ、それが人生じゃ(
C'est la vie.

 







一週間のご無沙汰でした

  • 2010.09.18 Saturday
  • 15:05
2010.8月 006.jpg

パソコンが壊れてしまい、音沙汰なく失礼しました。

ついに新しいパソコンです。

また、よろしくおねがいします。






「ただいま」パソコン

  • 2010.09.08 Wednesday
  • 23:25
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帰ってきたパソコンは直っていなかったらしく、再度息子のところへ送って、帰って

きました。

その間、診ましょうか?と声を掛けてくださる方もおられて、なんとも幸せなことで

した。

 

また、この夏のことのほか灼熱の日差しにさらされ、雨なしであった大地に、熱帯低

気圧の大雨がたたきつけ、ひびわれた地面もうるおい、樹や草や虫や鳥たちが喜

んでいました。

雨の匂い。

 

もうひとりの息子が遠い北海道でなかなか会えませんが、読んでいると言ってくれ

ました。

 

正しいからものをいうのではなく、むしろそうでないからいうのでしょうね。私の場合。

 

お読みくださる皆様、

これからも、よろしくお願いいたします。

 

 


突然、

  • 2010.08.29 Sunday
  • 22:40
2010.8月 024.jpg

                                                きょうの夕映えです。



パソコンが壊れてしまい、息子に送って直して、送り返してもらいました。



執着

  • 2010.08.15 Sunday
  • 23:06
2008,8月 林.jpg


 

そのままでは私は人一倍欲が深く業も深く、なかなか執着をなくすことができないので

このような病気になって、ひとつひとつ手を引かざるをえない状況をいただき、

もろもろのノコリの執着がはずれてゆくのならば

やってくる状況はすべて、恩寵と思わざるをえません。






 

できないこと、またひとつ

  • 2010.08.11 Wednesday
  • 21:51
2010.7月 010.jpg


車で、遠くの友人を迎えに行って、病院へ。

終わるのをまって、家まで送り届ける。

友のおごりでお昼ごはん。

十何年かつづけてきたが、これもあまりに疲れて、げんかいかもしれません。

私はくるまの運転と待つだけなので、なにが疲れるのかと思うが、話をすることが疲れ

るのでしょう。

長年、悩みを語り合い、支え合ってきた話ですが、病院の部はおわりになりそうです。

 

心臓のわるい友が、自転車や電車、バスをのりついで病院に定期検診に行っていた

のを、車で送迎を請け負った。

私が、友のためになにかしてあげられることが、とてもうれしかった。

それももう限界かもしれません。

終わりはいつか来ます。

 

そんなふうに、じょじょにできないことがわかってきて、私から去ってゆくことに、なかな

か慣れることはできないでいます。

 

何を、わたしに、おのぞみですか?

そう聞きたいところですが、たぶん、わたしはわかっています。

そうあること、を、そのまま生きること、なのではないでしょうか。

 

もうすこししたら、そのように脱落してゆき、素になってゆくのも、また、スガスガしく、お

もしろくも思えるでしょう。











 

口内修理

  • 2010.07.20 Tuesday
  • 09:49
2009,7月虫.jpg


消化器系は、丈夫にできているらしく、若かりしころの精神的懊悩が、胃と小腸のちょ

っとした潰瘍に出たことが
あるだけで、トラブルはなく、おいしくたべられるヒトです。


ここにきて、尿毒症状とおもわれる食べた後の吐き気が出現し、いいもんね食っちゃっ

たんだから吐くもんかと
横になってじっとしている。

 

このところ、歯が長年の食欲の廃墟のごとき様相をみせていて、歯科で、なんとかなり

ませんかときいたところ
はもうこのまま残った歯でなんとかやってくれるしかないとまく

したてられ、みすてられた。

 

最近になって、補綴(ほてつ)歯科というものがあるときき、ネットで、一番近いその医院をしらべ

ておいた。

 

それでも、歯医者というところにはいかないもので、なんでいかないか理由をならべて

みたら、7つぐらいでてき
て、最後の〆は、「もうこのまま滅亡でいいかも」、だった。

 

だから、歯科に行く気になったのは、滅亡撤回、ひまわりのように口をあけてなおしても

らおうというかんじが、
まあちょっとあった。

 

医者にみてもらうことだけは、けっこうじまんできるかもしれない。

ちっちゃいころから、医者通いだった。いまも行くところといえばお医者さん。

医者というのもいろいろで、むしろ身も心もいためられたというのも多い。

 

自分でリサーチしてゆくというのが私のモットーで、行ってみてだめだったら変えるのだ。

どんどん変える。

 

父は変えないで死んだ。

肝臓まで転移し全身黄色くなっても胃がんをみつけられなかった町医者を変えなかった。

 

腎臓も、皮膚科もやっとのことでプロフェッショナルと出会えました。

これは変えません。

 

ただ、歯科は…

 

むかしのことだが、虫歯を直しに行った歯科で、毎回針のような器具で突いているよう

で、痛くてたまらない。

それが毎回のことで、虫歯を治療しているようにはおもえなかった。

「痛いです」「ものすごく痛いです、神経に触っているように痛い」というと、「神経に触っ

ていたら、気絶するもん
だ」といって、また先のとがったものをもって、くちをあけるよう

に言うのだった。

そうやって治療してるんだねきっと、とおもって頑張ってかよったが、ある日、診察室か

らでてきた大男が、涙を
にじませて顎をおさえていた。

ややとおもって、診察室のドアをみていると、みんな涙ぐんで顎をおさえている。

そうだったのか!というわけでもう行かなかった。おそいよ。おそい。

自分に原因があるとおもっちゃうんですね。

そんなサディスティックな歯医者が、昭和40年代の船橋(のビルの二階)にありました。

 

さて、これから、歯科に行ってきます。






 

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