「心臓が動いているかぎり、生きなきゃならないんですね」

  • 2012.01.25 Wednesday
  • 22:07
2012,1月 015.JPG


今朝も、目覚めて数十分布団の中にいた。至福のひとときだ。

 

最近はなくなったが、朝目覚めると―いやだなあ…と、また一日生きなくちゃならない…というネガがわいてきたものだ。それはたぶん昔繰り返したパターンのようではある。

 

喘息発作の中、共に歩くことを申し出てくれた人がいた、その結婚自体が孕んでいたことではあるけれど、それから10年20年は、朝おきたとたん喘息がはじまり、まいにちまいにち苦しく、夫は稼ぎにでなければならないし、子供には最小限のことしかできなかった。登山とか旅行とかあんまりしてあげられなかった、ごめんね。

 

生きなければならない状況にはちがいなかったが、「こんなひどい状況がこれからも続いてゆくことが、少なくとも私の人生ならば、こんなでも生きてるほうがいいというのだろうか???」と本気で問うた。わが人生を統べるなに者かに詰問した。


夫も子供も送り出してお茶碗を洗いながら―こんなのが人生なのか?

人は幸福とか楽しむとかいうけれど、まいにちまいにち水中でおぼれているようだ。

おぼれているだけならまだいいが、溺れながらそこで仕事をしなければならなかった。まえをむいて生きている夫と子供がいるのだ。その面倒をみなければならない。

 

ひとりになると、ひたすら後ろをみて、

こんなでもいきてるほうがいいなどといえるのだろうか?じっさいお前は生きてるほうがいいのか?」と自分にも幾度と無く問うた。

 

喘息の症状は、ある一定量の運動を越えると必ず起きた。それは30分もヒーヒーやっていれば治った。また風邪をひくとかならず起き、風邪はなおっても喘息は長引き、一日中喘息の日々が最長3ヶ月つづいた。

またよく風邪をひき、なおらないまま次の喘息という年もあった。

 

喘息発作には段階てきに薬を使うが、完全にすっきりするようなものではなく、すこしは気管をひろげるが短時間の猶予。

最後の飲み薬プレドニンというステロイドはよく効くが、副作用がひどくキレタ後があまりにひどい―ヤクギレ?―ので使わない。

漢方も試したが効かず。同一薬は効かなくなる。

病院にいってもなすすべがないので、医師も喘息患者を何気にスルーして「かわいそうね」などとおっしゃる。

 

発作も長く重くなると、一呼吸一呼吸頑張らなければ呼吸はできなくなる。

もう呼吸に使っている筋肉は痛くて、このままこれをやめたらあちらにゆけるかもしれない、何十分かであちらにゆける。もし決意するなら、思う存分失禁するべくオムツをあててあちらに行こう。このがんばってやっている呼吸をやめればいいのだ。

開放の花畑がひろがって死んだ父が微笑んで立っていた。

そこから帰ってきたのは、いうまでもない、子供がいたからだ。

 

今現在、喘息はステロイドを改良した良い薬ができて、発作を予防できるし、発作自体軽減できるようになった。

 

子宮を筋腫ごと摘出し、嘘のように喘息はなおり、起きても軽くなった。

すると生へのもえるような情熱が沸き、体を鍛えるということをはじめた。

しばらくするとヤマの開墾がやってきて熱を出し、腎臓病の遺伝がわかった。

………そのなんというか、運命というのがあるのだ。

病弱が運命なら、それを受け入れていきるだけだ。

 

 

クリシュナムルティに出会った。

生きることすなわち苦しみなのだ。

どのように向かいどのように苦しみ、超えるかということ。

(ここでは触れないが、彼は、かたや人生とは途轍もないもので、愛であり美に溢れているとも言う。)

 


今は、あの、私のぎりぎりの問いに、答えられる。


――『生きるほうがいいとか、死ぬほうがいいとか問題外。その問いの設定自体無意味。

生みおとされ、生かされ、死なされる、というのは受身形なのだ。その内容は四苦、ずばり苦しみなのだ。


健康なひととて、苦の中にいないとはいえないだろう。健康ならそれを失う恐怖がある。あと、ひとそれぞれさまざまな宿命があるのだから。

 


心臓が動いているかぎり、生きなきゃならないんですね―財津一郎(TV<わたしがこどもだったとき>より)

 


苦しみにむきあうことなく、苦しみから逃避してやり過ごしていることは、人生で得られるものを、おおきく失っている。


わが身にあるのならばなんであれ、苦しむことであれ、「そのままありのまま生きる」ということじゃないかな。

 

そしてその苦しみは「生きているうちに超えることができる。」そうクリシュナムルティはいい、ブッダが言った。

 

苦しみを超えたとき、この世界に生かされたことの、死ぬることの、大いなる意味がみえてくるのではないだろうか。

………超えるというのは並大抵なことではないが…。





 

 

「含んで超える」ということ

  • 2011.12.20 Tuesday
  • 23:12
2011.12月 001.jpg


「私たちは、家で、学校で、社会で、二元論(善悪・上下・優劣・…)を叩き込まれる。」

と先の記事に書きましたが、それは、教え込まされなければならなかったものです。

まづは、それを履修しなければこの社会でいきてゆけませんし、人類が到達した最先端の文明だとおもいます。

しかし、それが、なにか、人間が苦しむようになっている。

「よい」といえば「悪い」という裏があり、裏のほうは弱い立場におしつけるか、みないようにして無きものとする。

 

進化をしてここまできたのなら、これをもまた、こえてゆくこともできるのではないでしょうか?

 

「超える」ということはどういうことでしょうか。

まえの段階をすべて含みつつ超えてゆくということです。

とび越えるのではなく、消してしまう上書きでもなく。

 

まえの段階をすべて含みつつ超えているのです。成長はいわゆる「上書き」ではありません。前の段階は否定されつつ保存されています。p51   ―羽矢辰夫『ゴータマ・ブッダのメッセージ』

 

 

苦しみに意味があるとすれば、そこにあるとおもいます。

苦しんだ意味があるのですね。

「超えるために苦しんだ」というよりも、「苦しんだから超えることができる」というふうに考えることができます。

その段階を否定して保存し、それを含んで超える。

超えるとは、次の段階にゆくこと。苦しみがなくなることです。

 

なにかのヒントになるでしょうか?





 

幻想でできた自分

  • 2011.11.09 Wednesday
  • 21:58
2011.11月 030.jpg


 

子どもがちいさいときに、紙芝居を借りてきては子どもたちに読んでもらったもので、そのなかに『クマのウーフ』というのがあり、「ウーフはなんでできているの?」というテツガクテキな問いをちいさなウーフはついしてしまったところ、「ウーフはウンコをするからウンコでできているのさ」と、唯物テキでクールなキツネくんにいわれ、せんさいなウーフは全身ウンコになった気になり落ち込む。
結局「ウーフはウンコなんかじゃない、ウーフはウーフでできているんだ!」というなんだかよくわからない答えをみつけ、よろこぶウーフであった。

そんな紙芝居をおもいだすのだが、つまり、自分は幻想でできているなあとつくづくおもったからです。

 


自分のイメージを演じている。

自分と言うイメージを維持するために演じなければならない。


相手のイメージは自分につごうのいい味付けで、それとちがうとイラつきオコる。

 

そうやって、本当の自分も本当の相手もわからなくなってしまう。というかわかりたくないかもしれない。

 

Kは、「自分というイメージと相手のイメージで、イメージ同士が関係しているだけ、実際は関係していないのです。」と言っている。

 


しかし、キツネくん、たしかにウンコは自分の一部だよな。





 

人間の暴力性を考えた

  • 2011.11.06 Sunday
  • 22:08
2010.11月 004.jpg


 

定年退職後ひきこもり、厚い壁をめぐらして、奥さんや、TVや、どうしても接触する近所に対して良いの悪いのと言っていたが、天誅やみがたく暴力沙汰におよぶようになった。怒鳴り込んだり、棒などを用意するようになった(らしい)。そのまえには同居していた奥さんの母親にキレ、追い出してしまった。知らぬ人ではないので、なぜそういう暴力を行使するんだろうとひとしきり考えてみた。

 

隣人や周囲の人にキレて、刃傷沙汰に及んだというニュースも後を絶たない。

 

私自身、他者に対して棒などをふりまわすことはなかったとおもうが、ごくたまに皿などに、また、自分自身にたいして暴力はふるっていた、すなわち自殺願望。自殺とは自分への暴力にちがいない。

また言葉で罵倒することもあった―伴侶や子どもにたいして。(ごめん)

それは爬虫類の脳がしでかしている(?)のではあるが、やはり恐怖とか不安、思い通りにならないことに腹を立てといった具合。

人間の未熟、理性の不在。

 

もともとは人間は暴力的だ。

人類は進化してきたし、これからも進化するものであるのだから、その古い脳のパターンはなんとかしてゆく方向だろう。


暴力をふるわないのはもちろん、暴力的でない人というのもあきらかにそんざいする。

イライラしない。怒らない。激しい言葉を使わない。馬鹿にしたりしない。破廉恥なことはしない。

理性というものが成熟して暴力的な衝動をおさえられるひとを、紳士などと言ったりするが、なにかの拍子に出てしまうというのが暴力で、怒りや負の感情に触れるとおさえられていたものが暴発する。

 

「こうあるべき」、「こうしなさい」と言うひとは、一種暴力的だ。

 

また、差別のことに無関心なひと、世界の飢餓、旱魃、貧困、戦争は自分とは無関係と思っている人も知らずに暴力的だ。

 

生き物は弱肉強食の掟があり、他の生命を食わなくては生きてゆけない定めがある。

人間の暴力性はそのように生命維持からきているのかもしれない、つまり本質といってもいいものだが、それでいいならば猿のままだ。やはりそれを超えていきたいです。

 

Kは、人類はどうしようもなく暴力的であり、それを超えるには、その暴力のひとつひとつに気づき、それを消滅させ思考をなくしエゴを見張り愛(慈愛)そのものになって生きる、と言っている。しかしそのことのなんとむずかしいことか。

 







みんな同じ

  • 2010.10.09 Saturday
  • 23:24
12010.9月 021.JPG


 

 

私ができることなら会いに行きたい人…


それは、カフカ


複雑で神経質そうだけれど、だからこそ会ってみたい。


その気難しさの大波の中、深海のそこに息づいている果てしないやさしさにふれてみたい。


いっしょにプラハ旧市街を歩きたい。


また、クリシュナムルティ


ただその存在に出会うだけでいい、


ふたりとももうこの世からはさってしまったけれど。

 

 

しかし、ふと、


それすら区分ではないかと、


区分けしてきた自分に気がついて。


 

自然は優劣をいうだろうか

そういう区分は融けて


人間と人間の境界はあいまいに流れた

 

人間は、この世界は、なんでもあり


あらゆることを含んで、膨大、豊饒

 

ちっぽけな私ごときが、これは良くこれは不足これはダメなどとなぜレッテルをはる?

 

ごたまぜ、混沌、


なんでもあり



理想なんて、人間が
その欲望のままにつくりあげた幻像にすぎない

 

たとえば。


綺麗なひと・そうでない人


才能あふれるひと・無能なひと


情熱のおおきなひと・冷淡なひと


丈夫なひと・病気のひと


金持ち・びんぼー

 


このよには、たくさん持てた人がいて、なんにも持てなかったひともいる

 

その無限の諧調(分類)さえ、ひとが理解しようとしてならべたものだ

 


混沌、ごたまぜ


それが、私たちが、生をまっとうすることを使命として生きている世界

 

理解というなら、私は理解しなくてもいい。

 


いいひと、そうでないひと


すばらしいひと、そうでないひと

 

そんなちっちゃな分類などいらない


さんざん分離してきたよ

ごたまぜのなか、身の回りに出現するものをいつくしみ、私はもっと目を開けて耳を澄ませよう。

 

選別しない。


どんな人でも人間として、興味がわかないひとなんていない。

 

みんな、フラット。

 

ただ、めいめいの仕事(使命)を生きている

 

わたしも、みんな、同じ。

 

 







 

なんとかしてやりたい

  • 2010.10.07 Thursday
  • 23:13
12010.9月 022.JPG


ああ、すばらしいひとがいる


とおもうと、ぐいとこころがよってしまう。


近づきたいとねがい、行動に出る


できるすべてを精一杯してしまう


 

すばらしいと思った自分をほっておけない


なんとかしてやりたい

 


憧れをあこがれのままで一生持っている人もいるだろうに。

 


私の友はだれにも憧れない


わたしにはそれが不思議でしようがない


「つめたいのよ」というけれど


そうやっていきてゆけるんだ


自分を守ってくれる人をみわけ大切にして・・・・・・

 


「**ちゃんは熱いよ。そういうの、うらやましいところもあるんだよ。」


「なんでもなせばなるで、地球をわたしが動かしてるような気分でね」


「ほ、たしかにへんだわ」


「ただの馬鹿だよ」


「そうとも言う。」


 

少なくとも、この情熱で、本当のことを、何の遠慮もなく言ってくれる希少種の友はえることが

できた。








 

やってみなければわからない馬鹿もいる

  • 2010.10.03 Sunday
  • 23:03
12010.9月 012.JPG


 

 

とにかく私は、たいへん憧れるヒトだった。


この世界は未知であり、それを知ってゆくことにわくわくしたよ。

 

すばらしい世界


すばらしいもの


すばらしい人間


それを求めた。

 

感動と出会いこそが人生だった。

 


本の中にも、すばらしいひとはいた。


むしろ、精神がむきだしになった本の中にあった。

 

著者にひきつけられれば、知りたさのあまり、著書を読み漁った。


手紙を書くこともあった。


情熱のままにエンジンをかける。


つっぱしる。


なぜ私は止まらないのだろう?

 


すばらしいひとだとか私に似ている人だとかいい仕事をしているひとを発見すると、夢

中になる。


できることはなんでもしてしまう。


近づきたい!


行動する。

行動せずに止むということはなかった。


自分にたいして誠実に行動してやるんだとばかりに。


できる精一杯をしてしまう。

 

 


さまざまな活動に携わることによって、精神は強烈にに生きているという感覚を引き

出す。精神は絶え間なく活動していることを好む。


ススナガ・ウェーラペルマ著「気づきの探究―
クリシュナムルティとともに考える」より。

 



それは、虚無から目をそらせる目的があるという。

 

 

たとえそうであっても、そうやって生きてきたことは、私の土台になっている。

 


馬鹿はばかでも、やってみて転んだり傷ついたりしてはじめてわかる馬鹿なので、や

はりこえるためにもやらなければはじまらなかった。






 

父と母

  • 2010.09.25 Saturday
  • 18:04
2010.8月 012.jpg


 

 

最近ふと生い立ちをふりかえって、バスチアンのように過去の銀幕に向き合っていた。

 

母は立派、父は馬鹿者だった…というのが私たち兄弟の定説だ。

 

とくに一番上の兄は、母を異常なほど崇拝していた.

反面、父にたいしては取り付くしまもなく軽蔑していた。

それにはさまざまなコトがあった、理由がある。

 


私もそうおもっていたが、自分自身何十年も夫婦してきて、友人のカップルをみても、

どちらかだけが悪いなんてことはありえない。

 

人間関係はわるければどちらもわるい部分あり。よければどちらもよい部分あり。

 

 

母はただしく立派を演じてたいへんだったろうなあ。


しかしそうしなければならなかったことも私にはわかった。


かつての私もそうしなければならないと、「正しく生きる」方向でがんばっていたからだ。


「正しく生きる」方向もだいじだと思う。


母は、その理想や向上心で、人間への信頼の種を蒔いてくれた。

 

もっとも、近くにいた姉などは「母はふつうの女だったよ」と言っていたし、私は14で

死別したので、本音に触れ得なかっただけだと思う。

 

 


父は、もう泥んこのような不完全まるだし。


子供心にも、静かで穏やかな尊敬できる父がほしかった。

 

「人間は生物だから」とよく言っていた。


その「理論」を聞くと、「生物」である私はなにかほっとしたものだった。


女人にあこがれ、親友がいて友達もたくさんいて、人間が大好きだった。


人間らしくて、私は好きだった。

 


父は70すぎて、仏さんのようになった。


それは、そうは見えない中に、苦しんだのだと、私は思っている。

 


この世になにをしにくるかといってひとそれぞれだろうが、不完全な魂はさんざん馬鹿

をやって、失敗もし、後悔もし、それをのりこえることで、魂を浄化してゆく(しかな

い)、と私は思う。

 







 

見えてきたこと

  • 2010.08.05 Thursday
  • 16:18
2008,8月 電灯.jpg




苦しみになんの意味もないと書きました。

しかし、それはまちがいでした。

苦しみであれなんであれ、それをどう意味付けるか?ということではないでしょうか?

しかし、今回はほとんど負けてしまい、虚無的なことを口走ってしまいました。

私は思います、

苦しみにすでに、意味があると。

そのへんが見えてきたように思います。

 



病気の苦しみ

  • 2010.07.29 Thursday
  • 22:00
2010.5月4 葉.jpg

 

 

痛みというものは、ただそうだと言う以上の意味は感じられない。

私は麻酔がほしくなるほどの痛みというものに遭遇した記憶は残っていないが喘息には苦しんだ。
 
苦しさを「気管がストローくらいの細さになったことを想像して」と説明したが、わからないだろう。

私の生死を司るひとがいるならば、あきらかにひどく悪意をもっているとしかおもえない。

苦しさで、医師も「喘息の人はかわいそうね」というのだった。

発作自体が寝ることもできない苦しさだったが、発作の無いときですら、気管がせばっていて、息がくるしい。

「階段を登れないんです」といっても、だれも信じてはくれなかった。

 

私は、「こんなふうでも生きていろと、生きていたほうがいいというんですか?」としばしば自分(または神さん)に聞いていた。

はっきりいって、死にたかった。

くるしい呼吸をここで頑張らないでとめていたら、あちらに行けるとおもうと、あたたかい解放がみえたが、やはり子供や、夫のことは私のおおきな使命だったので、ひきかえすことができた。

苦しみの中にあったら、それをとりのぞくこと、そこから解放されることしか考えない。

つまり、苦しみは、苦しみでしかない。

 

1999年、奇跡のように喘息が治ってしまって、よろこんで3年、こんどは腎臓がわかった。

これは喘息のような派手な苦しみではないが、じわじわと命をよごしてゆく病だ。

そのたえざる疲労は、なんのいみもなく疲労である。

透析あるいは移植で、生き伸びることもできるようだが不自然であり、賭けのようでもある。

 

この世は楽しむためにある。

というのはちがうとおもう

この世は苦だ。

 

基本は苦だ。

自己中心でいきてゆくことは苦であるし、病は苦であり、老いてゆくことは苦である。そして死というものが待っている。


そのベースに、やはり、人間は、「喜ぶ」ためにいきていると、私は確信する。

(苦しみを喜べということではなく。)

 

健康な肉体で生きることは、それだけで、じつに喜びだ。

あるくこと、走ること、跳ねること、たべること、ライブにいくこと、フェスに参加すること、だれかに手を貸してやること、ボランティアをすること、話をすること、歌うこと、叫ぶこと…肉体を燃やして動いてゆくこと自体が、とんでもない幸せだと思う。

それは、明快なひとつの喜びである。

 

では、病苦のなかにあって、苦しみが去ることだけをねがっていきている人間は幸せから遠いかといったら、違うと思う。

 病苦をこえた、なにかがある。
 
それはやはり、人間として、生きてゆく階段で、その一歩を昇ったぞというような「喜び」がある。

私は、私の目的―このよの真相はなにか知りたい情熱と自分が変わってゆく醍醐味をあじわうために、病苦を与えられたと信じている。

健康体ではとてもその道を行くことができる人間素材ではなかったというわけだろう。

 

 

生活のレベルが少し下がっても、心の豊かさがもう一段だけ向上すれば、失うものは何もない。魂が必要とするものを購入するのに、金銭など必要ないのである。
                           ―
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー

 

病気だって(だからこそ)魂が必要とするものを手に入れられる。

 

病苦に意味をもたせられることができるとおもう。








 

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>

言葉と出会う

My Kitchen

selected entries

categories

archives

recent comment

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM