キイロスズメバチに刺されの巻

  • 2013.08.27 Tuesday
  • 11:15
2013.8.25 006.JPG
 

「スズメバチほいほい」は欠かせない。

http://syuringen.jugem.jp/?search=¥¹¥º¥á¥Ð¥Á

梅雨の始まる前にしかけはじめるとひしめくようにスズメバチが入っている。

そのことで蜂にかんして対処できていると安心していた。

たしかに大スズメバチは、好んで入るが、キイロスズメバチはあまりはいっていなかった。

よく飛んでいたり、家の中にはいってきたりしていたが、キイロのほうは刺されてもアシナガ蜂と同じくらいだろうとたかをくくっていた。

 

先だって、夜になると明るいガラス戸のほうに寄って来て入ろうとするような動作をしていた一匹がいた。

八時ごろに外に犬の様子を見に行って家に入ろうと戸に手をかけたそこに何かがいて掴んだとおもったら即刺された。

その痛いことといったらアシナガ蜂の比ではない。流水で洗いリムーバーがあったので吸い取って、ステロイド軟膏を塗った。(アンモニアをかけたが蜂毒には効かないそうだ。)

激痛でろくに眠れず、熱もあり、翌朝病院に行くと、痛み止めの内服と塗り薬を処方され。

 

帰ってくると、蜂がぶんぶん飛んでいて、窓際に巣作りがはじまっていた。

ヤマ管理人(旦那)に電話すると「すぐにスズメバチ用スプレーを噴射してやっつけるべし」とのことで、どきどきしながら退治。

まあヤマですから。
巣もひとりで退治したし。(あたりまえか)

左手はキイロスズメバチによる間断ない激痛。それも一期の経験として味わえてよかったじゃんか(>_<)とおもうことに。

処方の塗り薬は良く効いてなんとか凌げたが、こんどは烈しいかゆみと腫れでグローブになってしまった。

 

キイロスズメバチのおそろしさを身をもって知ると、飛んでいる個体を見ただけで身体全体が恐怖にすくんで反応している。見逃してはならない。危険だと。

それと、「スズメバチほいほい」をかけたといって漠然と安心していました。

またキイロに刺されたって、アシナガ蜂ていどだろうとおもっていて、キイロを見逃しあそばせてしまいました。


※参考記事として「スズメバチほいほい」へのリンクがうまくできませんので、ご面倒ながら、このサイトのサーチ(右側のフリースペース下のほう)に「スズメバチ」と入れてみてくだされば、…とおもいます。






近況です('ω')ノ

  • 2013.05.26 Sunday
  • 22:55
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腎不全により血液バランスが崩れ、酸性に傾いていったころは、疲れてだるく横になって眠り、眼が覚めては現実逃避をしていた。これは、受けとめ受け入れていることとは違う。逃げているだけだ。

そのおかげで、足腰がすっかり弱った。どこかに往けば、あるけないですわってしまう、買い物もやっとだった。

主治医が、処方してくれた薬をのむことによって、体調はじょじょに回復し、歩けなかったのだが、とにかく少しづつ、毎日の散歩と体操また仕事を、一日の許容量づつ少し少しとかさねてゆき、歩けるようになった。

毎日少しづつ×日>…病気人間の黄金率=すこしずつ+つかれたら寝る

最近では、上野の博物館にいけたことが実績であります。

車の助手席でですが、川越にお見舞いにも行けました。

 

減塩食も体調の安定に貢献していると思う。

減塩食が安定してきて、血圧も低くなり、薬をすくなくしてもらった。

もはや慣れてしまって、外食、あるいはお惣菜、お菓子など、塩辛くて食べにくい。たのしい会食ができないのはさみしいが、それなりに少しいただくとかすればいいのだがそれも…、もう私には別世界になってしまった。

減塩はつらかったが、慣れてみればそのほうがおいしい。。伴侶も慣れてしまって、素材そのもののおいしさがわかるようになったと言ってくれた。

たしかに塩は快楽だが、舌は慣れる。つまり減塩は慣れるノダ

減塩に慣れてみれば、世界の舌はしょっぱすぎる!低塩になればいいのに。

 

山暮らし。これもおおきな要因だ。

ただただ、こんなことをしてくれた伴侶に感謝の日々です。

 

また、思考というパターンにのっとられていたことをひとつひとつ気づいてゆき、いかに思考というものがエネルギーを使い、存在を消耗させていたか、自分を苦しめ、また相手を苦しめていたかを知った。

 

数値はじょじょに上がり、わき腹もよく痛むようになってきた。主治医の話では、処方は痛み止めしかない、やりすごすことしかありませんね、と。かりに透析になったとしても腎移植することになったとしてもボコボコの腎臓を摘出することはほとんどない(塞栓術はある)そーなので、とりあえず、イタミとも和解同居することにした。

 

腎不全はゆっくり確実に進み、それととともに、ありとあらゆる老化現象がやれやれとやってくる。

身体は老化し、筋肉、関節は硬くなる、髪は白くなり、皮膚はたるんでくる。だるさ、むくみ、吐き気、食欲不振、…

そうやって日々老化してゆく肉体…を、毎日の運動や食事で維持してゆくのも、効果がでるものなので面白いのだが、そんなことではさえぎられない大きな流れ―進行してゆく病気、老化してゆくあれこれも、受け入れるしかないのだ。
この眺めはおもしろくもある。こんなになるまで生きられるとはおもっていなかったからね。ありえない―経験できないと決めていたぶん―おもしろいなあ人生は。

 

 

身体は動かす仕様になっている

  • 2013.02.02 Saturday
  • 22:09
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腎不全というと温かくして安静にしていることといわれるが、動かなければやはり加齢とともに、身体は硬くなってくる。

私の場合だるくて横になれば、落ちるように眠り夢も見ないが、そうすればまあ今のところ最小限の家事ぐらいはできる。

同病の母も日中も夜もよく眠っていた。

眠ることで低レベルにし、1/5になった腎臓機能が一所懸命仕事をして、透析のような作業になっているようでもある。

しかし歳をとると、一日8時間以上ねこたれていては、骨(関節)と筋肉にモロにくる。

老齢では筋肉はすこしづつ退化し関節は硬くなるのだが、寝ていたらそれがはっきりあらわれちまったわけで。

腎不全そのものが、骨粗しょう症を誘引しているし。

そんなことを数年続けて、関節と筋肉が弱ったのだろう、あるくこともままならなくなってしまった。

最小限の買い物もびっこをひきながらぎくしゃくと痛い。

これはまだなんとかできそうだ、なんとかしようてなわけで、まず、日中のだるさには安らかに寝ることにして、仕事優先にする。

そのためにも、一日できるかぎりに身体を動かす日程をたてて実践している。

 

体操は、1999年からほぼ毎日「やらないよりはマシ」程度やっているが、それだけじゃだめのようであった。

ゆえにプラスして、一年前から+散歩をはじめてみた。

散歩といってもたかだか30分くらいのものだが、歩くと痛かった股関節が、3ヶ月もやっているうちに、痛みも無くなった。いやー無くなるんですねー。


住む家は公道から20m程の高さにあるので、その登りが難所。これをのぼらなければ御飯が食べられないのでがんばって、一年経った。

あるけるようになった分マシになった。

歩けることはやはりいい。

 

えーっと、20m×365日=7300m…というとヒマラヤ山脈じゃんか、しかも海からだゼ、登って降りた!/一年。。。。などと、ひとりで喜んでいる。

 

して、先日、上野の博物館に伴侶と行くことができました。

 

最近の情報では、一部の医療機関で透析中に体操を取り入れ始めたそうで、そうしてみれば、なんでしないのかと思う。

 

生体は動くようにできているんですね。

それなりに動くこと。その範囲で活動的であること。

わが病身にとっても真理だったなあ。

 

 

体がより活溌に動いてのみ丈夫になるのであって、体を動かさないようにすむよう植物化することは人間の健康法ではない

 

必要な力がわいて活動しつづけるのが生命というものである。 今ある形の持つちからしか出せないように思い込んでいるのは、自ら生くるちからを軽視しているというものである。 元気を出して、自分の裡から新しい力を呼び起こそうではないか。                     ――野口晴哉

 

言葉のない野原

  • 2013.01.04 Friday
  • 22:04
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このブログをお読みくださり、ありがとうございます。


2005
年から、この山暮らしをきっかけに書き始めました。

書くことそのものが好きでしたし、書くことによって現実を再認識したいと思いました。

また、公表することで、そういう文章も訓練したかったし、そのことで、山暮らしをしたい人に「夢」をかなえるメッセージを送りたかった。


それ以来、しぶとくカーブしながら書いてきております。

私自身、書くことで変わってきましたので、過去の記事は、越えて今があります。

 

ずいぶんちがってきたなあというのは、感じます。

人に対して情熱をもってなにかしてあげたいというジブンが好きではありますが、それがどうも自分の為であったとわかりました。

菩薩のこころならば、する相手は選ばないし、結果をどうこう思わない。

それどころか、仮に、むしろ屈辱をうけても、忍辱といってしずかに忍ぶ修行にする。―そのことの意味もわかりましたが、即「できる」という意味ではありません。難しいです。途上です。

 

それらの記事は、どうしてそうなるのか?と、何ものかに詰問していたのですね。

記事はこころの変化も追っていますので、「こうやって変わってきました」ブログでもあるなあとおもっています。

 

私の場合、言葉は、越えるため(卒業するため)でありたい。

言葉は階段の一段一段です。

一歩一歩踏みしめてじっくり越えて行きたい。

 

きざはしの頂点には、言葉のない野原が広がっているような予感が、今、しています。

 

なにか、読んでくださる方々の参考になれば、と願いましても、ただの真剣さだけしか伝わらないかもしれません。

ちっぽけな愚者のあれこれも、ぼんやりした一灯にでもなれればいいのですが。

 

 

言葉の無い野原に住むのは理想であるとしても、人間は言葉(記号)というコミュニケーションははずせません。

 

このブログは、現在800件余りの記事がありますが、どうだろう、まあいちおうのめやすとして1,000件、やってみるのもいいかもしれません。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

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