人も自分も責めないこと

  • 2016.01.05 Tuesday
  • 23:08
https://www.youtube.com/watch?v=tt8LRgjDSXY

アイデンティティ

  • 2015.02.13 Friday
  • 23:18
1月15日 008.jpg

 
■自分のしたことを認めろと要求し、認めてもらえないと怒ったり動転すること。自分の問題や病気について語りあるいは騒ぎたてて関心を引こうとすること。
 
■聞かれもしないのに、また状況に変化を起こすこともできないのに、意見を述べること。
 
■他者そのものよりも、その他者にじぶんがどう見られているかを気にすること、つまり他者を自分のエゴの投影先、あるいは強化策として使うこと。
 
■所有物や、知識、容貌、地位、肉体的力などによって他者に感銘を与えようとすること。
 
■ものごとを個人的に解釈して不機嫌になること。
 
■心の中で、あるいは口に出して無駄な不満を並べて、自分が正しくて相手が間違っていると決めつけること。
 
■注目されたい、重要人物だと思われたいと考えること。
 

エックハルト・トールのいう形への同一化(アイデンティティ)は、さまざまなものがあり百花繚乱で(しかも無意識であり)、これらは生きるために被ってきた、キャラのようなもので、これこそが苦しみの種、ひいては紛争を引き起こすのだろう。
まずは意識するのだが、光を当てるのは勇気が要ることだ。
 
エックハルト・トールに伺おう…
 
こういうパターンが自分にあることを発見したら、そのパターンを捨てたらどう感じるか、なにが起こるかを観察するのだ。……
アイデンティティにこだわらなくなったとき、
あなたを通じてどれほど大きな力が世界に流れ出すかをぜひ発見していただきたい。
 
――― 『A NEW EARTH
 

たれも傷つかない。

  • 2015.01.10 Saturday
  • 22:34
5月ピエール・ド・ロンサール.jpg


 
病や苦をつくりだすのは、思考に他ならない。
生体が悩む
つらいことだったな。
すべて、それでよかった。
苦にも、おおきな意味がある
 
 
瞬時に、思考は席捲する
昔のしぐさ、むかしに似た状況、あるいは夢、
瞬間、その刻の同じ思考がすべりこみ、悩み、憎み、嫌いだす
 
そのことをみるだけで
それに意識のひかりをあてるだけで、瞬時にきえてなくなる
 
そのくりかえし
そのくりかえしで、とうめいななにかがかさなって
すこしずつすこしづつ、
 
だから、まちがうためにこの世に来たのだろう。
エゴを燃やし、行為し、苦しむために、たぶん来た
そしてそれをよじのぼりこえるために、生き、
手を放し、生き続ける
 
瞬時になにかがやってきて「悟る」などと信じていない者にやってくる、地のプロセス
エゴをみること ただみること
そのくりかえしで、おもいもしなかったところへ歩み入る
 
 
 
新しい意識の核心は、思考の枠を超えることにある。
思考よりも高い場所に上り、思考よりもはるかに広い次元が自分自身の中にあることに気づく新たな能力だ。
 
自分とは何なのか?自分とは思考する自分を見ている者だ。
                                                            ―――エックハルト・トール
 
 
 

目覚めることによってのみ…

  • 2014.12.05 Friday
  • 11:15
2014.11.29 018.JPG

目覚めることによってのみ、目覚めるとは何なのかが、ほんとうに理解できる。わずかに垣間見るだけでも目覚めのプロセスが始まるのは充分だし、いったん始まったプロセスは後戻りしない。
 
目覚めに不可欠なのは目覚めていない自分を自覚すること。エゴイスティックに考え、話し、行動する自分と、そういう目覚めていない自分を持続させている、人間に刷り込まれた思考プロセスを認識すること。
 
エゴと闘っても勝ち目は無い。闇と闘えないのと同じである。必要なのは意識という光のみである。そして、その光とはあなたなのだ。
 
エゴは解体される運命にある。―――エックハルト・トール
 
 
 

思考パターンの新装開店

  • 2014.04.29 Tuesday
  • 16:30
2014.4.29 005.JPG

私自身、言葉である本やブログなどを読んできましたし、もろもろのスピの本、ブログは、言葉で伝えて、ことばが無くてははじまらない。はじめにことばありき。
思考=言葉を無くすることが重要なのではない。のではないか?
過去の恐怖や不安、あるいはエゴによって張り付いたパターンをなくし(これは観ること=意識することによって可能)新しい式を培養すること。そしてそれに働いてもらう。
何もしないのがいいことなのではなく、新装開店すればいいんだ。
そのように新設された回路は、生体をおびやかさない。脅迫しないだろう。あるがままを容れて流す回路のような、…と想像してみる。あたらしいものを古い言葉で表すことはむずかしいですが。人間は宇宙であり、宇宙の基本は愛ということは、すでにいわれていることだ。
 
無為自然、自然に任す。が、なにもしないということではない。
今、ある現在でいきる。評価とか選択とかのパターンが縮小してくれば、在ることで満足。
しかしなにもしないということではなく、むしろ自由になったこころはフローするので、かるがると活動的にいきることができるといわれる。
自然に身を任せて、軽々と活動的に暮らすことができれば。
もともとが愛そのものである世界=人間であるらしいので、それを覆っているものをはがす、または思考本来のネガティブさが消滅方向へゆく、それにはただ観ること=意識することで自然とそうなることは経験したが、とても果てしない道のようだが、たいへんならたいへんなだけ分け入ってみる甲斐はある。
新しい思考式で愛にそっていきることができるかもしれない。
 
古い思考パターンを縮小することも、あらたな愛によるパターンをそだてることも、なにをするということではない。ただ、観る=意識すること。現実に、逃げたり誤魔化したり方式が自動的に動作しているところに、光を当てること。
 
 
 
思考が止まった、頭が空っぽの状態になってはじめて、頭脳を建設的に使うことができるのです。頭だけで考えないで、からだ全体で考えることが、コツです。
              ――エックハルト・トール




 

苦の錬金術

  • 2013.11.09 Saturday
  • 14:02
2011.11月 005.jpg


胃のあんばいが悪く、先日胃カメラを受けた。

わりと平静のツモリだったが、実際横たわって血圧を測られたら、むちゃくちゃ高かった。すぐ臨戦態勢にはいりやすいタイプであるが、それにしても…「まだまだだなあ」と数値に言われました (^_^;)

 

胃のほうはもんだいがあったが、「高度腎機能障害」でなにもすることはできないと。そういうことか。たとえガンになっても治療はうけられないことあってもOK、もはやじゅうぶん生きた。というか、老化も病気も、改善、治療できないことも、死も、現実ならば受け入れる。
受け入れるしかないのだとわかるまで苦ではあるが、その苦もじつに黄金に変わる。苦の錬金術。

現実をいきるしかないし。

自分の現実を受け入れる。

 

「病気であることをアイデンティティにしない。」―エックハルト・トール

 

ウィルバーの『グレース&グリット』に、ケンは、奥さんのトレヤの「だって私はガンなのよ!」という言葉(=現実)に降伏せざるをえない。それは暴力だ。というようなことを書いてあった。ともに暮らすひとを、打ってしまう。

 

エックハルト・トールは、病気をもつ相談者に、

「自分が病気であることを忘れることです。」とアドヴァイスしている。

忘れるとは肯定すること。

現在に生きること。

 

「今、ここ」のもつ静かで温かいエネルギー。

 

 

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

言葉と出会う

My Kitchen

selected entries

categories

archives

recent comment

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM