吐く息は感謝で

  • 2016.02.22 Monday
  • 23:28
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考えても解決しない
ながすこと、という。
ながしてはいけないとおもっていた。
人生を意識しはじめたころは、
受け止めて、こだわって、とことん考えて、おおきくなることだった。
方法だった。
それ―言葉での思考―では、なんの解決にもならないことがやっとわかった。そればかりか、しょうがいにまでなっている、といわれる。
その意味もやっとのことでわかるようになってきた。
なげつけられた泥団子をうけとめて、あるいはひろってしげしげと見て、かんがえたところで解決はしないことはわかりながらも、避けたり、無き物のようにみなかったり、よけたりしてはいけないと、つまりこれが人生なんだともおもい、やはり苦しんだ。このことはそれでよかったと、いまは思う。段階ということだ。
 
なにも解決策をみいださなくてもいい。その現状を位置づけることをしなくてもいいのだ、というレベルがあることが、やっとわかった。
「手を放せ」という意味がわかった。
どのみち、解決はしないのだし、ヒトのつくる世のありさまをしったところでどうするかといえばどうもできず、ただそうなのだとおもうしかない。
とはいえ、最初からてを放していたら、みないことと同じであって、そういうのは反則のようなきもする。
こだわって、よかったのだ。
こだわらないためにも。
 
 

     天の父さま

     どんな不幸を吸っても

     はく息は感謝でありますように

     すべては恵みの呼吸ですから
             
                                  ――河野  進







 

再充電

  • 2016.02.16 Tuesday
  • 22:36
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マイケル・シンガーに、「朝起きてわくわくしながらなにが起こるか、はじめよう」というのがあって、私にはこれが難問だった。
朝目が覚めたとたん、「あ〜いやだなあ」「こんな身体で生きるのかー」…など、ネガティブな思考がばーっとやってくるのが毎朝だった。
シンガーのいう「わくわくする」ことをみつけようとしたが、ながい年月の朝に繰り返してきたパターンが、そんなにかんたんに移行するはずはなく、淡々と、まいあさやってくる古びたネガティブ思考を見続けた…するといつのまにか、減っていってインパクトがよわまってきた。これはじつに不思議だ。見るということは意識するということ。意識するということはそこを超えるということ。
 
わくわくしながら「今日一日なにがおこるだろう?」というのは、私の場合なかなかやってこない。それはしかたのないことだ。病気のぐあいはどうか?からだの都合をきくことからはじめる…
 
目が覚めること
あたたかい身体、微弱な電流、しぶとい生命力…それらはパワーともいうのではないだろうか?
めがさめることに、夜の闇から朝の光に…それは恩寵といわれるものではないか?
 

意深く観察すれば、あなたの内部に驚異的な量のエネルギーがあることに気づくだろう。(略)
それはただ湧き出てきて、内側からあなたを満たす。
身体の奥から自然に湧き出してきて、あなたを回復させ、再充電させるのだ。
                       ―――マイケル・A・シンガー





 

できることは、受け入れることだけ

  • 2015.04.13 Monday
  • 22:13
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ストンと落ちるようにねむりにおち。
ぱっと目が覚める。
夢の上映は無しだ。
 
日中もそうやってねむってしまうので、からだがそういうことで回復あるいは補填あるいは慣れる作業をしているのだろう。
ある日、やはり知らぬ間にねむりに落ちていて、目が覚めた「あわい」のような隙間に思考が入り込んで、かなしみのようなものがすべりこんだ。
なぜかなしいのだ?と私はきいてみた。すると、わからないという。
 
母は、脚を押すとそのまま指のかたちをたもって凹んでいたものだった。
両わき腹にぷっくりと腎臓がふくらんで、「いたいの?」と私が聞くとなにか言っていたようだがおぼえていない。皮膚は蝋のようにむくんで、つやのない茶色を呈していた。
そして母はよく寝ていたものだが、兄は「出かけると2週間は寝た。おれが食事のしたくをしていた」といっていた。そんなころの母と自分がかさなってきた。
そのころ母は五十代だったが、あまりのやるせなさに、当時の医学が、この病に何もできることはないということを知りながら、おして大学病院へ検査入院したのだった。そのきもちがわかるようになってきた。そのころは透析はなかった。ただ不治の病の腎臓を知りたい医者が、膀胱から腎臓鏡を挿入して、なにかが起こった。そのまま母は死んだ。
 
私の主訴は最初から、「疲れやすく日中眠ってしまう」ということだったが、主治医は、「のう胞腎でその値で、そんなことはありえない」とスルー、なにかほかの原因―肝臓、うつ、ナルコレプシー、睡眠時無呼吸症候群などのうたがいがあるといろいろな検査をしたが、結果はなにもなかった。
かつて私の子宮筋腫は烈しい出血であったが、貧血の値がせいじょうだったので、Drはうけつけなかったものだ。私はなんども食い下がるほかなかった。
私の身体は弱いゆえの自衛が効いていて、ヘモグロビン大量喪失にも対応しているのだろう。
それゆえか、腎不全は貧血がひとつの重大な症状なのだが、さいわい正常値をキープしている。
主治医は、貧血でもないのに、なぜ疲れるのか?と。
 
とにかく疲れやすく、たぶん自衛のための眠りがやってくる。
10年前から、車での用事は、途中コンビニなどで眠らねばならなかった。
家にいても、日中眠ることで、なんとか仕事もこなすことができている。
 
人一倍がん張りやの母が、日中寝ているということはよほどのことだとおもっていたから、私の異常睡眠も腎不全からきていると納得している。主治医は、データに載っていないのだろう、そんなことはないと確信をもっている。
 
こううったえたこともあった。「出かけると、そのあと5日は寝てることになるので、どこにもいけません」と。すると主治医は「いきゃーいいじゃないですか!」と一蹴。
何を言っているのかわからなかったが、数値ではでかけるのはなんら問題ないということなのだろう。わたし=数値じゃない。
眠気をうったえると、検査をさせられるので、いわない。
 
「なにもできない。」
とも言っていた。はっきり言ってくれてありがたい。
 
であるならば、受け入れるしかない。



 

  • 2014.11.17 Monday
  • 22:56
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私は友がほしかった。
『ハムレット』のホレーショ、『走れメロス』、アランの『友情論』、…
人間としてこの世にうまれてきたからには、友がほしい!…というわけで、願えばかなうもので、友には恵まれたとおもう。
 
さて、いっぽう私には、
「ひとのためになにかできることがしたい!」
というなかば脅迫的なおもいがあった。「そうしなければ生きている意味が無い」という息苦しいもので、ターゲットをみつけると、慎重にちかづくが、これと決めると、力のかぎりやりつくす。
承認願望―自分が自分を承認するための行為―からの、ひとつの神経症めいたエゴだと、いまは思う。
そうでなければ、そうしなければ、生きている価値がないのだともおもっていたかもしれない。
 
出会ったひとは、先天性の病を生きていて、その苦難の数々に共感して、私にできることをしてやりたいと願った。
彼女は特に気にしないひとであるばかりか、なんでもよろこんでしてもらうことができた人だった。格好のターゲットだった。
“ほんとうにエネルギッシュだね〜”とあきれられるほど、できるかぎり(以上)のことをした。
私はむしろ真っ当に生きているツモリでやっていたが、過剰は、すなわち病気である。
まあ必死になっていきていたのだが、彼女は、それを鷹揚にうけいれて、思う存分やらせてくれた。
 
30年が経って、私も引っ越し、離れてみると、やりすごしてきた傷の数々があり、とりわけ私のファイル(わたしの文章をよむこと)を拒絶したことをきっかけに拘泥しはじめ、「人間として興味すら持ってくれないひとか?」というわけで、苛み始めた。なんであんなにやったんだろう?…などと、考え始め、じぶんの馬鹿さかげんとどうじに相手のエゴもみえてきて。
けっきょく、善いも悪いもなく、友情も恋愛も、人間関係は、まずは互いのエゴを原動力とするのはこの世の習いだ。不条理の掟。
そしてしばらく個人的におちこんでいたが、「私の神経症的脅迫的実存的快感的『してやる』行為をなんと30年のあいだ、むしろよろこんでやらせてくれたのだ!」と気がついて、感謝のおもいがゆっくりとこころの水底に沈んでいった。
30年間つかずはなれず伴走した友には、そのことはなにも言わない。
これは私ひとりの内的事件だった。
 
自他のエゴは醜くてこころも泥まみれになるが、観なければ、自動パターンのままだ。
観れば、事はよいようにながれてゆく。観てまかせれば、そこに自然が息づき始める…。
そうなってはじめて、彼女がいた意味が了解できた。
自他共に鞭打つ。醜態をさらす。それを見極めること、意識することなのだ。
そこを通るためにこそ、この世の生があるのだと、いまは言える。
 
Tolleだったかな、 出会った、あるいはともに暮らす、そのひとを判断(分別)するのではなく、外に追い求めるのではなく、出会った人びとは縁なのだ。できれば楽しみなさい、と。
縁とはいかなるものであれ、ありがたいとおもう。縁とは奇跡の一つだとおもう。





 

■分別を置いておこう

  • 2014.01.22 Wednesday
  • 10:54
2013.11.21 012.JPG


学びにちからになってくれた人が、どうであれ、人間として存在した(している)かぎり、自らの教えを裏切るようなことがあっても、そうだろうなあとおもう。地球上に人間として存在した(している)ということは、ばくぜんとそういうものだろうとおもっているからです。「ともに凡夫のみ」(聖徳太子)に例外はあるのでしょうか?

 

論理の鉄筋で言葉を繋いで、たちあげた論理世界というものはあります。

そういうそれぞれに私はたいへん興味はありますし、勉強にもさせていただいています。

が、私自身は、できませんし、むしろそこから離れてゆく方向に舟はながれていっています。分別の世界に格闘した時期もありましたが、どうも私の体質には会わないようです。

 

もともと分別性―論理性―は弱かったですが、書くとなれば、なにかと正邪、善悪、よしあし、美醜のものさしをもちださざるをえない。

もちろん、この世には、すばらしくできのよい脳を駆使して、解明し、文章化しているひともいますが、私はただ自他の風景を綴っていたにすぎません。

それがなにかのおやくに立てばというおもいと、こんなふうに心的真実を“出現させること”で真面目なエネルギーみたいなものが、だれかに届くかもしれない…などというおもいはありました。

 

私の探究はまだ続きますが、ただ小舟にのってながれているものに、なにが書けるだろうとおもいますが、なにか気づきをかくことぐらいはできるかもしれません。

 

そのようなことをみることができたようで、なにごとも時=恩寵なのだとおもいます。ありがとうございました。



 

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