このところ…

  • 2014.05.27 Tuesday
  • 17:46
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身体に合わせる生活をしているので、無理が無いせいか、ふつうにしている感があります。
ちょっとやりすぎてしまうと、翌日にだるくなり、いちにちねているということになってしまうので、ほどほどに留意して暮らしています。
なまけているが、そのなかで御飯の仕度…まだ「料理」といえるかもしれない…がいちばんの仕事かな。あとはてきとうにやって、身体を休めることしている。ハウスキーパーが寝ているようでは客人はほとんどこないし、外出は、食料の買出しとホームセンターくらい。そのほかのショッピングや会食というものは、ざんねんながら体力は無い。できないことは欲っさない。そんなごくシンプルな按配になってしまったが、眠ることは得意だし、本を読んだり、書いたりということがけっこうすきなので、日々楽しからずや、とほざいていられる。
 
若くて元気なころは、ある健康な基準があって、それは数値や感じ、見た目、などではかられるのだが、検査数値のマイナス、頭痛とか寝不足とかのマイナス、その不備不足をおぎなうように――というか、絶対回復してやると――生きている面もあった。TVの健康番組はそういうかんじでやっているようだ。
私もいつまでも不調をマイナス算していて、それの回復ばかりに熱心だったが、そうじゃないのではないか?
 
どんな状況でも、比較せずに頑張らずに、できることはして、そのままを生きれば、それなりの生を楽しめる。
時に、透析への移行が頭をよぎりますが、そんときはそん時。
むしろ抵抗や不安や恐怖が、生をおびやかすということがわかります。
 
また、「そのままでいい」ということは、それについて「何もしない」ということではなく。
たとえば、身体。
マイナスは受け入れて、抵抗しないが、できるかぎりのことは習慣にする。
服薬・減塩・低蛋白食・仕事・休養・体操(ストレッチ)・散歩……
それらの効果をあれこれきにすることは無いが、ときに効果有りか?と気づくときもある。
とくに、病身だと一気に大勝負というのは絶対できないので、こつこつとまいにちすこしづつを習慣化しようという意識はある。効果があろうがなかろうが。

つまり、そんな一瞬一瞬が人生なのだと。
今。ここ。今をうごき今に静止する。今を開ける。そこへ静かな意識を向ける。





とり写真はエゴノキの花です。この花の下に植木鉢が3個伏せて重ねてあって、それを取ろうと持ち上げたら、四十雀のヒナが二羽じっとしていました。あわてて元どうりにして、2週間ほどたったでしょうか、今朝畑の竹にとまって鳴いていました。あんな蛇も来そうなところに、じっと鳴きもせずに大きくなりました。自然はいのちを生まれさせ、はぐくみ、おわらせる。四十雀のきょうだいは前後して鳴きながら飛んでいます。


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