空や風や星

  • 2015.07.14 Tuesday
  • 09:21
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あなたは自分という存在を、それまで積んできた経験の集合体としてうけとめてしまう。だが、どんなに経験を寄せ集めても「あなた」にはなりえない。「あなた」はそれらを経験している者だからだ。――M・シンガー
 
「おもいで」として取っておいたもの
それらを思う存分整理をしてみた。
あとは、生きている限り、ひび、来る物を、去る者として、もてなし、経験し、はなれてゆくだろう。
 
よく、死を目前にして、後悔するというが、どうだろう?
後悔といえばすべてかもしれないが、、ひとつをいうならば、「父と母にすこしでもやさしくしてやりたかった!」とおもう。
自分が親になってみると、こどもからやさしくしてもらいたいとはとくにおもわないが、子供として、親になんら感謝もあらわさずあたりまえのようにおもい、こころのなかで批判し、執拗に責め、そして、すこしもやさしくする必要はかんじず、実際すこしもやさしくしようという気持ちがなかった。されることばかりかんがえていた。
父も、母も、聞けば「やさしくしてくれたよ」というだろうけれど、あんなエゴまみれでなく、無心をもってしてやさしくしたかった。
 
自分の人生をふりかえって、あやまちのかずかずも、それが人生であり。
そんななかで、爐笋辰討茲った!”としみじみおもうことはある――
どのみち外れる私だったであろうが、けっこう早い時期に、漠然と、しかし動かしようも無くかんじとったこの世の機構、その異感覚。そこには私の席がない感覚、そこで歯車のひとつになって生きてゆくことにあっけらかんと現実味がなかった。これは阿呆というものではないか?これではいきられず、自然にはずれて、アウトサイドにたち、自分のすきな方向に生きたこと。そのころは鬱にもなって苦しんだが、だれも私に期待しなかったおかげと、父の自由な人間性をして許してくれたことがあって、それはできた。
ちょっと足をすべらせれば死であり、基本は孤独であったが、この選択はよかったなあと。
このときの空や星、かんじた風は、宝物。
 
 

身体という知性

  • 2015.07.03 Friday
  • 23:27
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このところ、吐き気がひんぱんにやってきて、だらだら坂を下っているかんじがあった。
しかし、身体は対応するのですね。
腎機能がゆっくりおちるので、
からだが対応するのもゆっくりで。
そうやってたてなおすからだの妙に、
なにかふしぎな力があって生かされている
終了も不思議な力が決める、あるいはきまっているのだろう、とおもう。
 
ただし、認めなければならないと。
じぶんの状況をうけいれること
ごまかしていたらこれは力をもたない
 
妙なる身体のちから。
 
 
ひまさえあれば横になっているのと
体調がよければ、やりたい仕事をしたいので
うごけば、横になる
こういうイソガシサ
できるだけ、活動的にすることをこころがけている
腎臓はやはり血流がものをいう
つかれてもいいから、うごくことをこころがけている
 
生も死も、私がどうこうしたとはおもえない
こんなにいきるつもりはなかった
卑小な″つもり“だなあ
 
いのちの意味をわかるまでいきることができて
ありがたい
その終了もまた
 
 

身辺整理

  • 2015.06.19 Friday
  • 21:46


私たちは、結婚式をあげなかったし、そういう生き方をえらんできた。
葬式…についてもなかなかなっとくができるものはなかったのだが、このところ簡易化がひろまっていて。しかし家族葬といいながら、花などで結構な高額な式になってしまうのをみてきたので、なりゆきにまかせがちなことを、はっきりしておこうと、直葬の予約をおねがいしたのだが、直葬に予約はないとのこと、しかし言えばやるということでいちおう確認をした。家族のみの火葬です。そういって解ってくれる人もおおくなってきた。
何時亡くなってもおかしくないよ、というところまで生きた。
 
兄が亡くなり、跡継ぎがいないので、遺した写真などが送られてきた。兄夫婦は捨てることをしないひとたちだったので、もはやこれまでと、私がおもいきって捨てたのだが、ほんとうにすてることはたいへんなことだった。故人が大事にしていたものであればあるほど心はいたむわけで、これはもう自分のものは自分で始末しておこうとおもった。
過去の思い出にひたることもなく、未来を憂えることも無く、現在にいきる。
 
すこしづつやっていたが、前の記事の吉行さんの手紙がさいごに残った。
私の死後に、文学館に寄贈する旨、書き残したが、まてよ、と。それは吉行さんが望んでいないようなきがしたのだ。
吉行さんは、生き方としてそんなところに近づいたことはなかっただろう。傍流をえらんで歩く人だった。宮城さんに自分の文学館は作るなといっていたことをおもいだし、吉行淳之介文学館にも世田谷文学館にも寄贈することはやめた。
宮城さんによると、吉行さんは、自宅にみしらぬおじさんがやってきたのを、玄関で親切に対応していたことを描いていた。「そういうひとなんです」と。吉行さんがなにを避けなにを受け入れていきてきたか。感性に合わないと拒絶される可能性はあったがそんなことはなかった。見知らぬ者(どこの馬の骨?)の手紙をよんでくれ、とうりいっぺんの返事ではなく、このように内奥をひらいてみせるような文面をかいてよこしたひとの手紙。
ヤフオクで、ほしいひとの手に渡るのがよいだろうと、古書店で1こだけ売られていた吉行さんの手紙(原稿用紙1枚)の値段と相談して金額を決めた。こうすれば「ほんとうに好きな人の手元にゆくだろう」
そして、即決価格で買ってくださったかたがいた。
ほっと一段落。
 
 

それでもない

  • 2015.04.30 Thursday
  • 23:07
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日中眠ることが必須になってから、さまざま欲望―といっても寄る年波もはや残滓のようなものだったが―どこかへゆきたいとか、サークルにはいって学びたいとか、たまにはまともなものを食いたいとか、―そのていどの残留欲望を消滅せざるをえなくなって。
以前、陶芸家さんのお手伝いとか、うちに来て山遊びをしたい泊まりたいという親戚連中、そしてはてなきたのしき山仕事、…それらを断らなくてはならなかったときはすんなりとはいかなかった。歓迎したい現実を断るのには抵抗した。
 
それにつけても私がもっとも本気で欲求したのは、健康な肉体というものです。そうです。得がたいものを望むんです。馬鹿じゃないでしょうか。
むりですね。カルマというものがあるなら、しこたまもってきたんだろうとおもいます。
それも考えようで、期待されているのかも?とおもうことにした。
 
現実は受け入れるしかない。受け入れることで道はひらける。
 
欲望がなくなるなんてとんでもなくありえないとおもっていたけれど、そうなってみるとなかなかいいもんです。“欲望がなくなる”というと生存があやうくなりますか、ただ執着しないということですね。
ま、この状態こそが、本来の状態なのではないか?ともおもったり。
ただ私のばあい、自力でそこまでいったというより、いたしかたなく執着が無くなったのであって、ホントかな〜。健康になればどうなるかわかったもんじゃない。
 
初診時のDrの試算では、いまごろ透析開始のはずだったが、あにはからんや、データの元となる数値が上がらないので、再試算であと4年とでたもんである。
4年ね〜いいようなわるいよーな。透析に入る前の多彩な症状におびえる。尿で排出されるべき老廃物が80%分からだをめぐっているってことでしょう…?それよりもむつかしい代謝―電解質とかカルシウム代謝とか―がうまくいかず。
頭痛・吐き気・不整脈・膨張してゆく腎臓の痛み…などバラエティに富んでやってくるが、いまのところそう長く続かない。倦怠感や疲れやすさには、寝ることでなんとかなっている。
 
歓迎できる現実か?避けて通りたい現実か?などの分別はやめよう。
来る状況は、おびえているより、おもしろがろう。
いや、「受け入れる」トカ「面白がろう」ナドといっているのはまだまだじゃのう〜
 
ぼろぼろの腎臓や尿毒症。つやのない茶色の肌、腎臓でふくらむ腹。だるいからだ。
それ。すなわちそれがわたし。それ以下でもそれ以上でもない。ひょっとするとそれでもない。これが正真正銘まるごと今生の生。経験さしてもらいますわ。




 

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