『生と死の境界線』 岩井寛口述

  • 2016.03.28 Monday
  • 17:35
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岩井寛口述『生と死の境界線』―最期の自由を生きる  松岡正剛

死に臨む岩井寛氏の言葉を松岡氏がたのまれて記録し、出版された本。
避けられぬ死にのぞんで、人間であること=自由を選択し、そのぎりぎりの言葉を松岡さんが書き取った。
『森田療法』の著者である岩井さんは美学をまなびながらも、精神医学者であり、自分の死に臨んで医学的処置の選択をすることにこだわった。
死にのぞんで、意識がどうなるのか?というのが知りたいことだと言い、意識を保てる程の医学的処置を選択した。意識は清明であったので、その一部始終が記録された。
 
そのありさまは、凄惨であって、ショックだった。
どうしてこのように無残に死んでゆくのだろう。医学者でその専門であってそうなのだ。
外胚葉系の腹腔や皮膚、そして肺にと、すさまじく発現する癌であり、苦痛も烈しいなか、医師として麻酔剤や高カロリー注入を冷静に選択し、その病床での言葉を松岡氏が聞き取った。
“これまで”というときには、高カロリー輸液をやめてくれるよう文書にして主治医にわたせるようにしていた。
死に臨んで意識がどうなるのか?という疑問に身をもって死をもって挑戦した。
 
死に向かって苦しんでいることは生であり、
やはり死とは、永遠の安らぎだと、思わざるをえない。
 
生はとことん無残なのだなあと思う。常識閾をはるかにこえて。というところが怖い。
なぜなのだ?!と、私にはその答えがみつけられない。
事実のみ唯一の真なのだ、と神経症のひとびとを救った森田正馬氏の言葉だが、私は岩井寛氏からおそわった。
 
私のように不治の病気と長いことつきあっていると、死というものをおもわざるをえない。
死は病気の完結であり、解放であるだろう。
このよの生に執着しようが、あきらめようが、死ぬのだから、どんなものか、できるものなら見てやろう…と私でも思う。生物としての、人としての生から死に渡るその真実を、せめて見たい。
しかし、一刻も早く往きたいとおもうかもしれない。



 

受け入れれば、変わった

  • 2016.01.28 Thursday
  • 16:42
2015.10.22 011.JPG


腎盂炎になってのう胞腎がわかり、専門医に行けとのことで総合病院へいったところ、「わーぼこぼこだー!透析になります。もう来ないでいいですよー。」透析になるならどうすればいいのか?も説明されないままほうりだされたので、自分でのう胞腎専門医をさがし、いまの国立病院の泌尿器科に10年通っている。
血液検査の結果はすぐでるし、三ヶ月ごとの受診で薬は三か月分処方されるし、なにかあればすぐに他の科にまわしてくれる。看護師さんたちはプロフェッショナル、たいへん満足できる病院です。
…が、主治医がユニークでした。
データしかない。データをみてデータとはなすので、もごもごなにをいっているのか耳を澄ますが聞き取れない。いちど病院のアンケートに書いたが、Drには伝わらないものだ。私の主訴―出かけることが困難―を、そんなはずないととりあわない。「どこへでも行ったらいいじゃないですか!」
「のう胞腎の末期は腎臓がバクハツするの!」とおもしろがっているような言動はまだしも、「のう胞腎は腹膜透析はむずかしい」ということを透析医に知らされて…、知らなかった?だいじょーぶかなー
前回は、血圧の薬が足らないというと「飲まなくていい」とバッサリ、理由を聞けばよかったのだが、なんとなく面倒くさがっている感があったので私は口をつぐんだ。身の危険を感じ、もはや本気で転院を考えてあれこれ調べていました。自分の体は自分で守る。
しかし、いろいろ調べてみたが、やはりいちばんいいのは今行っている所と結論。
それにしても、ちゃんと透析に移行してくれるのだろうか?「透析医は数値が7で移行するのがよいといっておられました」なんてことを主治医に私から言おう、などとぐるぐるしていました。

診察の日、もはや希望は、主治医が配転するか、退職するかだなと漠然と考えていた朝でした。
わが身の主治医運の無さを嘆き、どうしてこんなに!などと不運を嘆いていたときに、
ふいに、私には夫がついていてくれて、なにが不運なのか?むしろ幸運じゃないか!主治医のひとりやふたりのことで、ガタガタぬかすな!いっそ、主治医のそれらをすべてうけとめようと、ありのまますべてを、と、いっきに転換しました。
 
そして、その日の診察でした。
「次回から腎内科行ってもらう。うちは透析やってないから」
ヤッタ!からだがもわっと温かくなった。
受け入れたとたん、魔法のように好転した!
さからって、こまっているあいだは、だらだらとつづく。
「問題」は自分が作っていると。
本気でうけいれたとたん、なにかが変わる。
 
「10年のあいだお世話になりました。ありがとうございました!」
と頭を下げたが、反応なし、対話をしない方なのだった。
 


 

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