一生懸命

  • 2016.11.19 Saturday
  • 22:51

2016.11.18 005.jpg

 

ETVで、ギリヤーク尼崎の85歳になった姿が放映されていた。

新宿などで大道芸をしていたむかしは、なにかいかがわしいかんじがして、若かった私は「反則だ」とおもっていた。

現在、年老いて病もありながら、いまもなお大道芸をして「おひねり」で生活しているとほこらしげに言っていた。

「反則」どころか、純粋さというものはこういうもの、たぶん自然の土にまろげた動物のようなものに宿る。

それはいかがわしくもあると、歳をとったなりにわかる。

 

眼はうそをつかない。

一生懸命。

私は、病がこのように進行し死んでゆくものならばそれを生きるしかなく、できれば早いほうがいいと。こころが折れることもある。

ギリヤーク尼崎は、年老いて障害もでてきて痛いたしかったが、まなざしは純粋で、神々しかった。なぜならば一生懸命なのだった。

自分も、死ぬまで一生懸命生きよう。どんなに「ぶざま」であっても。いや「ぶざま」などはない。「ぶざま」などというのは彼を反則だとおもったのとおなじ評価基準ではないか。

彼には面倒を見る弟さんがいて、こころをこめて世話をしている。兄と話をしていて兄に、「そんなことはやったことがない者の言い草なの」といわれ、「ごめん」といえる人だ。

神様は、与えてくださる。「生きよ」というなにものかを。

それは恩寵のように。

 

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