山・・・あこがれ

  • 2008.03.11 Tuesday
  • 18:23

山は不思議だ。魅せられてしまうなにかがある。

私の姉は74歳になるが、私とちがってどこも悪い所はない超元気者。
山が好きで、毎年富士山にはのぼるし、走って登るトレイルランニングもやっている(登山者のみなさま、ご迷惑をおかけします)。
いっしょに登っていた仲間も寄る年波でつきあえなくなり、いまはひとりで登っている。その体力作りのために週5日ジムに通って汗をながしている。妹が遠方からはるばる来るというのにトレーニングを休んだりはしません。

私も体力のゆるすぎりぎりまでやっていたが、もしできることなら、峰という峰にぐいぐいのぼりたかったし、春も夏も秋も冬も登りたかった。尾根も沢もやりたかった。(千葉の沢はおっちゃんと遡行したことはある)
山を登り続けていると、やはり、岩をやってみたくなる気持ちはわかる。

兄は岩のぼりが好きで、父の「遭難したらいくらかかるか知ってるのか」と言う声を背にしながらリュックを背負って出て行ったものだ。千葉に山用品の小さな店をだしていたが、最終的には菅平に山小屋を建て、スキークラブをつくりスキーだけをしていた。

また、憧れが嵩じると、だれものぼったことのない山、未踏ルートへと気持ちは飛んでゆく。それは自然の希求だと思う。できもしないのにその気持ちだけはわかる。山に憧れるこころだけははばたいてとどまることをしらない。

だれもがそんなことをできるわけではない。それなりの実現をしていければいいほうだ。
山に魅せられた私たちはけっきょくヤマらしきところに終の棲家をかまえるということができた。

50すぎまで山のやの字もしらなかった知人が、腰をいためてリハビリで低山をハイキングしていたが、じぶんとおなじ病身のひとたちにも山の魅力を味わうことができるように会をたちあげ、低山をさがし、下見をし、実行日には看護師も同行、警察にも届けをだし、そんな手間もめんどうくさがらずにやっていた。TVのディレクターをなりわいにしているかたわら、産経学園でハンデハイクの講師をしたり、「山と渓谷」誌にエッセイを投稿して掲載されたこともあった。
山はひとをとりこにする。

その知人も、姉も兄も私も昔から「山野井さん」の名をいうと、自然背筋がのびた。
究極、たったひとつしかないいのちを山に懸けるひと、山野井泰史さんは、ナマヤケの山好きの言葉を奪う。



 
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