山での死

  • 2008.03.17 Monday
  • 18:00
小学校の六年のおわりごろ、都会的な雰囲気の男の子が転校してきた。しばらくすると、金色のトランペットを持ってきて、最初のうちは男子連中と吹いていたが、なぜかだれも寄りつかなくなって、トランペットももってこなくなってしまった。渋谷くんといった。

ある日曜日、私たちワルガキセットが町をちろちろうろついていたときに、渋谷くんを発見した。彼は床屋にすわらされてしろいおおきなケープをかけられて、はらりとながい絹のような髪の毛を切られていた。私たちはこどもっぽくからかったが、渋谷君はおおきな鏡の中で、照れることもせず、苦虫をかむような顔をちょっとすると完璧に無視した。私はものすごく恥ずかしかったのをおぼえている。
かっこよく、だれともなじまなかった。別世界にすむ雰囲気があった。こちらの世界を軽蔑しているようなかんじがあった。

私が19才のときに、新聞で渋谷くんの名前を見た。それは一の倉の岩壁で宙吊りになって死んでしまった19才の男の子の名前だった。あの渋谷くんかどうか確認したわけではないが、なぜか確信してしまった。
若いいのちは無念だっただろうか?本望だったのだろうか?

よく山で若い命が亡くなった。
とくに谷川岳に遭難が多く、「魔の山」とよばれ、土合の麓には慰霊碑が建っている。
たしかに、私が麓の小屋にいたころ、救助隊が編成され山に入っていったことも何度かあった。死体を背負子にすわらせて下山したときのオソロシイ話や、遭難してさ迷い歩くと、沢をフロだと幻覚し服をぬいで入ってしまったケース。雪解けの沢には収容できなかった遭難者の「部品」がながれてくるというはなしなど、耳にした。
「山で死んではいけない」といわれた。


僕は幼い時からほかの子供よりも死を意識していたかもしれない。
「人生はそんなに長くはないんだ。明日があるとも限らない」
そんなことを漠然と考えている少年だったように思う。だからこそ、なにかに情熱を傾けて生きていかなければいけないと考えていた。そしてクライミングに出会った。

成人になると、ますます「残りの人生を楽しまなければいけない」というきもちは強くなり、世間体を気にせず見栄も張らず、自分の本当にやりたいことを全力で追求しようと思うようになっていった。

・・・・・・・・・

登山家は、山で死んではいけないような風潮があるが、山で死んでもよい人間もいる。そのうちの一人が、たぶん、僕だと思う。これは僕に許された最高の贅沢かもしれない。
僕だって長くいきていたい。友人と会話したり、映画を見たり、おいしいものを食べたりしたい。こうして平凡に生きていても幸せをかんじられるかもしれないが、しかし、いつかは満足できなくなるだろう。
ある日、突然、山での死が訪れるかもしれない。それについて、僕は覚悟ができている。
                                             -----【垂直の記憶】
                                          


【講演会聴講メモ】「挑戦の軌跡」(2003年5月17日)日本教育会館にて





 
 
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