山・・・美しいルート

  • 2008.03.19 Wednesday
  • 21:59
yamanoi 4
泰史さんの作品・・・・玉虫、おたまじゃくし、ジョーズ


またみつかった 何が?―――永遠というもの。    Å・ランボオ


山野井さんの本(「垂直の記憶」)を何度も読み、彼の言葉が書いてあるサイトにもたびたび訪れ、くりかえし読んだ。あらたなサイトも発見。【山野井泰史のデジカメ日記】(岳人)東京新聞WEBサイト

近年このような気持ちのよい文章には出会わなかった一度以上読みたくなる本も久しぶりだ。

また、グリーンランド登攀のTV映像(NHK「白夜の大岩壁を登る」)を飽きることなく、なんども観た。
最初は、泰史さん妙子さんの言葉や会話、在りようなど、ひととなりが見れて興味深かったのだが、なんども観るうちになんだか親しい友に逢うようなこころもちになったことだった。
私はどうも、おふたりに惚れたのではあるまいか。

泰史さんは、地上に降りた、いたずら好きの天使のようだ。素直な心で、その言葉はまっすぐですがすがしい。
妙子さんは、菩薩のようだと書く人がいらっしゃった。まこと慈愛にみちたこころで、その言葉は澄んでやわらかい。

同じ時間に生きられたことが、私はうれしい。

・・・10本(多分)の指を失うことはクライマーとしての生命をも失うことになるかもしれない大問題です。しかし私はギャチュンカンの中で私が持っている最大限の能力を出しきっ生きて帰れたので、くいはありません。むしろ喜びを感じてます。(山野井通信)

ギャチュンカンでクライマーの命である指を失っても、落ち込まず、生還できたことを喜んでおられた。「ほんとうは落ち込んだはずだ」などと、上へ上へと「手柄」を立てたがる俗人にはなかなか理解しがたいことだ。

いろいろ調べてきて、私は、泰史さんがよく「美しいルート」という言葉をお使いになることにきがついた。「美しいルートを描いて登りたい」というように。
描画でいえば、地上のうつくしいモノ、つまり自然をうつくしくなぞって描こうとする、それと似て、地球の美そのものである岩(自然)に、登攀者がはじめてのルートを描いてのぼってゆく。それにはまず無酸素の生身(自然にちかい自分)であることがおおきなファクターだと思う。そして、そのルートは美しくありたいというのは彼の気合であり、芸術であり、彼の生そのものであるのだろう。

そして、「美しいルート」は無限にある。
「美しいルート」はだれにでもある。
登山口にすら到達できない病弱の私にも、私なりの「美しいルート」がある。
あるはずだ。


…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地球への生身の挑戦
いきとしいけるものへのあたたかい愛情
限りある生への勇敢な情熱 


この言葉を、果てしないあこがれとともに山野井夫妻にささげたい。





 
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